拉致被害者5人帰国から5年、家族は今 | trycomp2のブログ

拉致被害者5人帰国から5年、家族は今

 家族の明暗を分けたあの日から5年、まだ多くのたちが帰国を果たせずにいます。蓮池薫さんら拉致被害者5人が北朝鮮から日本に帰国して、15日で5年になります。帰国できた家族と、救出の訴えを続ける家族。双方の今を追いました。
 5年前の10月15日、横田滋さん・早紀江さん夫妻は羽田空港に向かっていました。帰国した蓮池薫さんら5人と家族との対面を喜び、夢中でシャッターを切っていた横田滋さん。拉致被害者5人が帰国して、もう5年が経ちます。

 「何をのんびりしているんですかと。どうして蓮池さんや地村さん、曽我さんだけがあの飛行機に乗って帰って行ったんですか。(めぐみさんたちが)『私たちはなんで乗れなかったんですか?』と」(横田早紀江さん、今月7日)

 5人が帰国できたのは、なぜだったのでしょうか。
 「なぜか、我々の生活にトラブルがなかったからではないか。(曽我ひとみさんが)帰りたい、と何度訴えたことか。ひとみに言ったんだ。『(帰りたいと)言ってもトラブルになるだけだ。指導員がオレを追い出すことになる』と。ある時、彼女は『もう(帰りたいと)言わない』と。言う必要もないんだ、指導員には被害者を帰国させる権限もないんだから」(チャールズ・ジェンキンスさん)

 「(Q.なぜ蓮池さん夫妻が帰国できたのか)北朝鮮当局に従順で、何でも言うことを聞くし、彼らなら北朝鮮側にとって『使いやすい』、北朝鮮側からの信頼度、信用度が高かったのでは。(2002年当時は)『帰国』ではなくK『来日』だったと思っている。『親や兄弟、友達や親せきが北朝鮮に来るよう促してこい』とそういう任務を負わされて、いわば『来日』したもの」(蓮池透さん)

 実は5年前、日本への帰国を打診された蓮池薫さんが北朝鮮当局に対し、「(日本の)世論の沈静化を図る意味では、日本へ戻すなら横田めぐみさんの方がオレたちよりずっと効果がある」と話していたことがわかりました。

 1994年まで横田めぐみさんと同じ招待所で暮らしていた蓮池薫さん。日本語の翻訳をしていた職場で目にした記事から、拉致被害者救出運動のシンボル的存在が横田めぐみさんだと知っての発言だったといいます。

 横田さん夫妻は13日から再び新潟へ。
 「(Q.新潟駅へ来るのは?)嫌です。ただ、嫌です。寂しいだけです。30年経っても同じことを繰り返すのは悲しいですね」(横田早紀江さん)

 いまだ帰国を果たせず、救出を待つ拉致被害者。
 「ただ、時間だけは過ぎていくので、『10年だ』『30年だ』と言葉では簡単に言えますけれど、本当にその重みはすごいことなんです」(横田早紀江さん)

 30年前、めぐみさんを必死で捜したあの辛い新潟の地で、横田さん夫妻は、今日も訴えを続けています。(15日17:22)