国家情報院に見捨てられたソンさん一家 | trycomp2のブログ

国家情報院に見捨てられたソンさん一家

 ソン・ジュボクさん(1933年生まれ)の娘(46)と孫娘(19)は北朝鮮を脱出し、第三国で息を潜めて暮らしている。その生活も6月でもう2年。まだソウル行きの話はない。

 ソン・ジュボクさんは10年前、1995年に北朝鮮に拉致された安承運(アン・スンウン)牧師を助けたという理由で、北朝鮮で銃殺された。ソンさんの妻と2人の息子は北朝鮮の情報機関である国家安全保衛部に連行されていった。その後の消息はわからない。

 娘ソン・ヨンヒさん(仮名)によると、父のソンさんは北朝鮮のエリートだった。北京大を卒業し、北朝鮮の外貨獲得事業所の指導員だった。

 彼の人生は1991年に安牧師に会ったことで急変した。安牧師の影響を受けたソンさんは中国から帰ってくるたびに聖書や100ドル札20~30枚を持ち込んでは、慈江道煕川市で布教活動を行った。やがて北朝鮮当局がソンさんの行動に疑いをかけ始めた。

 そうしたことがあるたびに、ソンさんは家族に「韓国政府がなんとかしてくれるはずだ。北朝鮮社会がそれほど長くはもたない。統一さえ実現すればいいんだ。もう少し稼いでから韓国に行って住もう」などと話していた。

 ソンさんは1996年3月「米帝に体系的に手なずけられた定着スパイ」という罪目で銃殺された。

 ソンさんが安牧師だけでなく安全企画部(現国家情報院)とも関連があったという主張も提起されている。北朝鮮拉致被害者家族会の崔成龍(チェ・ソンヨン)代表(54)は12日、ソンさんと安牧師、そして安全企画部の職員と推定される2人の人物がいっしょに写っている写真を本紙に公開した。1994年冬に北朝鮮と中国の国境地域である図們で撮った5枚の写真だ。

 崔代表は「安全企画部の2人の職員のうち、1人は課長級でもう1人は実務者級」と主張した。ソンさんの娘は記者に「課長級」の人物を示しながら「父が『後で必ず会いに行きなさい。この人なら知らないふりはしないはず』と話した」と伝えた。

 しかし崔代表がこれらの写真の安全企画部職員だとされる2人について、当時の職責と職位を照会したところ、国家情報院側は「明らかにできない」 「写真が公開されては困る」という答えるだけだった。

 ソンさんの娘と孫娘は現在第三国で命の危険を感じながら生活しており、ソウル行きの実現を待ち望んでいる。崔代表は「今年4月にソン・ヨンヒさんから救命要請を受けて国家情報院に伝えたが、2カ月が過ぎても何の対応もとっていない」とし、「国家情報院が、安牧師やソン・ジュボクさんの助けを得ておきながら、安牧師の送還やソンさん家族の救出に積極的でないのは職務放棄にあたる」と主張した。

朝鮮日報
朝鮮日報 Chosunilbo (Japanese Edition)