松本さん拉致認定へ、涙の母「生あるうち京子帰して」 | trycomp2のブログ
「私の生きているうちに、娘を帰してほしい」「認定されれば、闇の中から出ることができる」 ――。鳥取県米子市出身の松本京子さん(当時29歳)が謎の失踪(しっそう)をしてから29年。警察当局が、北朝鮮による拉致被害者として認定する方向となった10日、家族らは「救出へ大きく前進する。ほかの拉致被害者の救出にも弾みがつくはず」と喜び、期待を膨らませた。
同市和田町にある京子さんの実家では、母三江さん(83)と兄孟(はじめ)さん(59)が、この日夜のテレビのニュースにくぎ付けになった。
耳が遠くなり、目も悪くなった三江さんだが、画面に映る娘の写真に涙を流し、「国が動いてくれないことには、どうにもならんと思ってきた。どうぞ皆さんの力を集めて、私の生きているうちに、京子を帰してほしい」と言葉を詰まらせた。手には、行方不明になった時に自宅近くの民家の裏に片方だけ残されていた京子さんのサンダルを握りしめていた。
三江さんは、京子さんのサンダルを近くの神社に持参して遠くに行かないように願掛けをしてきた。「お母さんの漬けたたくあんが一番おいしい」と言ってくれた娘のために、大根を畑で毎年作り続けて、帰りを待ってきた。
2003年に元北朝鮮軍兵士がよく似た女性の目撃証言をした際には、孟さんが韓国・ソウルで元兵士に面会。京子さんの写真を示したところ、顔のほくろや身長などがよく似ており、家族は間違いないと確信したが後日、別人と分かった。
三江さんの横でテレビを見た孟さんも涙ぐみ、「本当に長かったが、辛抱してきたかいがあった」と喜んだ。「暗闇の中で半信半疑のまま活動してきた。認定されれば、京子も闇の中から出られる。京子は絶対に生きている」と力を込めた。
一方、地元では00年6月、「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための鳥取の会」(救う会鳥取)を結成。月1回、米子市内の街頭で被害者認定を訴えてきた。今岡祐一会長は「30年間、よく辛抱してきた。一歩前進した」と喜んでいた。
特定失踪者問題調査会の妹原仁常務理事(米子市)は「一刻も早く認定してほしい。北に対する圧力と政府のアピールに終わらせないでほしい」と訴えている。
(2006年11月11日 読売新聞)
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