産経抄(01/08 05:00) | trycomp2のブログ

産経抄(01/08 05:00)

 「横田めぐみを連れてきたのは私だ」。曽我ひとみさんが証言したと伝えられる辛光洙(シングアンス)容疑者の「ささやき」は、ホラー映画のように、いやそれ以上に不気味な響きをもつ。北朝鮮による拉致事件の底知れぬ残忍さを象徴しているようでもある。

 ▼同じ被害者の地村保志さんも、自らを拉致した実行犯のうちの一人として、辛容疑者を名指しして証言しているといわれる。日本育ちの大物工作員である。北朝鮮が口をつぐみ、あるいはウソで塗り固めてきた拉致事件の真相が、わずかながら見えてきたようだ。

 ▼曽我さんたちは公の席で証言したのではなく、いつ語ったのかも明らかではない。無理もない。相手には何をしでかすかわからない恐怖がある。残されているはずの被害者への気遣いもあるだろうからだ。それだけ証言には、特別の勇気と真実が感じられてならない。

 ▼それにしても納得できないのは、辛容疑者が北朝鮮でノウノウと英雄扱いされていることだ。韓国当局にスパイ容疑で逮捕されていたのに、六年前の南北首脳会談の恩赦で釈放され、帰国したのである。日本の警察はその後、別の拉致事件で国際手配したが後の祭りだった。

 ▼韓国政府の「甘さ」を批判することもできるだろう。しかし、あの南北会談のさい、日本のマスコミも「いま氷山が溶けだした」(朝日新聞社説)などと舞い上がっていた。拉致を正式に認める前とはいえ、北朝鮮がそうした空気を巧みに利用したことは否定できまい。

 ▼中国の王陽明に「山中の賊を破るは易く、心中の賊を破るは難(かた)し」という言葉がある。「山中の賊」とは犯罪の組織を言うのだそうだ。むろん、北朝鮮の国家的犯罪と戦うのは至難だが、日本人全体の心の「甘さ」もやっかいだ。
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