北朝鮮・拉致問題:逮捕状のチェ容疑者「なりすまし」次々 小住さんら2人名乗る | trycomp2のブログ
蓮池薫さん夫妻の拉致事件で逮捕状の出た北朝鮮の元工作員で通称「チェ・スンチョル」容疑者は、警視庁が85年に摘発したスパイ事件では、「朴」と呼ばれた工作員で、既に出国し、手が届かない状況だった。20年以上を経て、拉致に絡んだとして再び捜査線上に浮かんできた。拉致被害者の家族会は2日、チェ容疑者が北朝鮮に連れて行ったとして北海道出身の小住健蔵さんを拉致被害者と認定するよう政府に申し入れた。
チェ容疑者は85年に警視庁が摘発したスパイ事件「西新井事件」の首謀者だ。同事件ではチェ容疑者の工作を手伝った協力者が外国人登録法違反容疑で逮捕されている。
捜査の過程で浮かんだのが、工作員が別人(日本人)になりすます手口。韓国などへの潜入の際に、日本人として入国し工作活動を展開するためだ。チェ容疑者が、まずなりすましたのが福島県出身の男性だった。
東京・山谷にいた男性を病院に連れて行くなどして信用させ、男性名義の運転免許証や旅券を取得、海外渡航を始めた。都内の会社に就職したチェ容疑者は、勤務態度はまじめで、同じ会社のパートの女性と同居。その裏で、北朝鮮に親族のいる在日韓国・朝鮮人に接触し、協力者の獲得に励んでいた。男性が死亡した後、なりすましたのが小住健蔵さんだった。
小住さんは61年に就職のため上京後、家族と連絡を絶った。こうした状況に目をつけたチェ容疑者は本籍を勝手に東京に移し、80年に小住さん名義の旅券を取得した。本籍の異動に気づいた家族が、小住さんの都内の自宅に電話したところ、チェ容疑者は「(小住さんは)マージャンに行っている」などと言って逃れたことも当時の捜査で分かっている。
チェ容疑者は小住さんらの名義の旅券で海外渡航を繰り返し、83年2月に成田からマレーシアへ出国したのを最後に足取りが途絶える。蓮池さん夫妻の証言によると、その後、チェ容疑者は北朝鮮に戻り、平壌の招待所で監視や世話役として過ごしていたという。
拉致での捜査について、警視庁幹部は「小住さんは長い間、家族も所在が分からない状態だった。当時の状況がよく分からず、拉致での立件は容易ではない」と話している。
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家族会などによる小住さんの拉致認定を求める2日の申し入れは、内閣府の拉致問題連絡・調整室であった。家族会事務局長の増元照明さん(50)らが、速やかな認定を求める小泉純一郎首相あての要請書を提出した。小住さんの妹(64)=北海道函館市在住=は2日夜、毎日新聞に「なんでうちの兄になりすます必要があったのかという怒りはある」と言葉少なに語った。
◇解決協力訴える海外向けパンフ--政府特命チーム
政府の「拉致問題特命チーム」(議長・鈴木政二官房副長官)は2日の会合で、拉致問題の実情と、解決に向けての協力を訴える海外向けのパンフレットを作成することを決めた。国際世論を喚起する狙い。
パンフレットは外務省が今月中に英語版を作成し、在外公館を通じて各国に配布するほか、国際会議でのアピールに生かす。中国語、韓国語、フランス語、スペイン語版も検討する。国内向けポスターも来月中旬をめどに作る考え。【坂口裕彦】
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■チェ容疑者の動き■
70年夏ごろ 秋田・男鹿半島から密入国
72年 東京・山谷で倒れていた福島県出身の男性になりすます
76年 7月 男性が病死
? 帰国(警視庁の当時の捜査)
78年 7月 蓮池薫さん夫妻を拉致
79年 再び密入国(警視庁の当時の捜査)
80年 6月 小住健蔵さん名義で旅券などを取得
83年 2月 成田からクアラルンプールへ出国。以後所在不明
85年 3月 警視庁が西新井事件を摘発
86年ごろ 北朝鮮で蓮池さん夫妻の近くで生活
02年10月 蓮池さん夫妻ら拉致被害者5人が帰国
04年 5月 蓮池さんらの子供帰国。このころまで蓮池さん夫妻の子供の近くで生活
毎日新聞 2006年3月3日 東京朝刊
MSN-Mainichi INTERACTIVE 拉致事件を追う
