特定失踪者 斎藤武さんを公表 「救う会山形」57年から行方不明 | trycomp2のブログ

特定失踪者 斎藤武さんを公表 「救う会山形」57年から行方不明

特定失踪者問題調査会は三十日、新たに北朝鮮に拉致された可能性がある日本人名を公表。「救う会山形」(斎藤純一代表)は同日、山形県庁で会見し、山形県出身で、特定失踪者とされる男性の名前や失踪当時の状況などを説明した。

 「救う会山形」(斎藤純一代表)は三十日、北朝鮮に拉致された疑いが濃厚な山形県出身の特定失踪(しっそう)者の男性の名前を新たに公表した。

 公表されたのは、同県平田町出身の斎藤武さん=当時(三七)。斎藤さんは昭和三十九年三月に庄内農業高校を卒業後、上京し「相模運輸倉庫」に就職、五十七年十月二十九日に同社を退職した後から行方が分からなくなっている。

 兄の恵一さん(六三)の記憶によると、武さんからの最後の連絡は五十八年十月末か十一月初旬で、母の静さんが贈った庄内柿へのお礼の電話だったという。また、当時住んでいた横浜市金沢区釜利谷町のアパートの大家からは、五十八年七月から家賃を滞納しているという旨の手紙が五十九年一月に届いていた。

 武さんは、身長一六八センチ、体重六九キロのがっしりした体形。子供のころの病気の影響で、左手の親指のツメが欠落しているという。実名公表に踏み切ったことに、恵一さんは会見で「一人での捜索に限界を感じていた。公表したことで少しでも進展があると期待したい」と話した。

 県内の特定失踪者は斎藤さんを含め十一人(男性六、女性五)で、大半が庄内地方に居住していた。氏名などを公開したのは、布施範行さん=当時(二三)=に次いで二人目となる。
Sankei Web 地方版 || 山形