存在感薄い「世界の日本人」 田中均氏が講演

日本(人)は、もっと外交の場で存在感を示すべきだ――。2002年に小泉首相の北朝鮮訪問を実現させた敏腕外交官、田中均・元外務省アジア大洋州局長は11日、日本外国特派員協会で行われた講演でこう口火を切った。
田中氏は「ミスターX」と呼ばれた北朝鮮要人との強いパイプや、拉致問題より国交回復を重視するとして自宅に爆弾を仕掛けられた事件などで世間の話題となった。2005年に外務省を退官し、現在は日本国際交流センターでシニアフェローを務めるほか、東京大学公共政策大学院で教えている。
外務省を離れてからも独自の知的活動を展開してきた田中氏だが、今年1年ですでに20以上の国際会議に参加したものの、その多くで日本人の姿を見ることはなかったという。「近年の国際会議では中国人を多く見かけるが、日本人は非常に少ない。特に政策決定に関する場では稀有な存在となっている」
では、日本が今後、外交の場に出ていくためには何が必要なのか。「国内的・地域的変容の中での日本の外交」と題した講演で田中氏はまず、日本をめぐる情勢について語った。
アメリカでは現在、ブッシュ政権によるイラク政策の失敗が顕著に出てきている。そのため、今後の国際政策はこれまでとは別の方向にシフトしていくだろうとし、次の大統領選挙は極めてユニークなものになるという見方を示した。このような中、アメリカ国内では「internationalism(国際主義、国際性)」と「multilateralism(多角的な視野)」といった姿勢が重視されるようになってきたという。
政策が他国との関係を重視したものにシフトされていく動きは、ヨーロッパでも見られるそうだ。「ヨーロッパでは最近、東アジアへの関心が高まってきており、その中でもより能動的な外交を展開する中国に注目が集まっている。中国の外交は非常に積極的で、ヨーロッパはそういう姿をきちんと評価している。翻って日本はどうか。我々(日本人)はあなたのビジョンは何ですか、と問いかけられている」。
田中氏によると、こうした国際的な動きの中で日本がすべきことは2つあるという。
1つは、安全保障政策を見直すこと。この見直しは早急に行うべきで、その延長線上には当然避けられないものとして憲法問題も浮上してくる。田中氏は「憲法の精神は大切なもの」としつつも、その解釈を見直すべきだと述べた。「憲法というものはその時代、時代のニーズを反映させるべきもので、時代の要求に見合った解釈をしなければならない」
その上で日本の平和維持活動について、「日本は国連の費用の19%を拠出しているのに、実際にそれを行使するための政策はどこか別のところで決められている。これはおかしい。日本は平和維持活動において、もっと積極的になるべきだ」と強気の姿勢を見せた。
日本外交がなすべきことの2つ目は、東アジアの再認識であるという。東アジアにおける日本の役割は何かをきちんと把握し、東アジアにおいてリスクを減らし、機会を最大限に拡張していくことが重要であると説いた。そうした中で日本が民主主義国家であるということは、1つの価値になりうるという。
30分という短い時間をオーバーして熱弁をふるった後の質疑応答では、冒頭で「北朝鮮問題については話さないので、聞きたいことがあったら後で質問してください」とコメントしていたこともあってか、フロアからの質問は北朝鮮問題に集中した。
日本はかつての戦争で朝鮮半島を植民地化し、何十万人とも言われる朝鮮人を連行した。その事実を踏まえた上で、現在の拉致被害者の問題をどう考えているかというドイツ人ジャーナリストの質問には、「拉致と植民地は全く別の問題」とはっきり切り離した。
田中氏は「かつて日本が何万人も連行したからと言って、(帰国した)5人以外を無視すべきかと言えばそうではない。拉致については政府は毅然とした態度をとるべきだ」「戦争の補償などについては、平壌宣言で決着したと考えている」と述べ、この異質な2つを結びつけると、外交での科学的なアプローチはできなくなると述べた。
また、依然として帰国が実現していない拉致被害者については「推測はすべきでない。5人以外については正直なところ、わからない。ただ、生きているなら日本に帰すよう要求するのは当然のことだ」と述べた。
北朝鮮との交渉を行っていた頃のことを「秘密外交」と指摘された点については、「ある日少女が突然拉致され、彼女の将来は消えてしまった。国家はたった1人の少女を守ることができなかった。これには深い悲しみを覚える」と沈痛な面持ちで話し、「だから5人の生存者を見た時はとてもうれしかった。彼らを日本に帰国させるため、私は何度も何度も交渉を重ねた。中には公式な記録に残らない交渉もあるし、水面下での折衝もあった。しかしこうしたことがなければ『外交』などというものは成り立たない。それを『秘密外交』と揶揄するのはナンセンス」と切り捨てた。金正日に拉致の事実を認めさせ、日朝の大局を動かした者としてのプライドのある発言だった。
外交は包括的なアプローチで進められなければならないというのが、田中氏の持論だ。北朝鮮との交渉でも、拉致問題ばかりに言及するのではなく、非核化の問題についても同時に進めるべきで、そういう意味では今の六カ国協議という枠組みは正しいものであるという。目の前の問題だけでなく、より大きな絵を描いてみせることが重要なのだという。そのためには、普段から外交政策をもっと議論する場が必要で、聴衆のジャーナリストたちにも、もっと外務省に気軽に立ち寄って議論を交わしてほしい、と要望した。
最後に金正日の印象について問われた田中氏は「He is clever enough to hide his truth.(彼は真実を隠すのに十分なほど頭が良い)」と述べ、湧き上がる拍手の中、講演を締めくくった。
(山本千晶)
世界・存在感薄い「世界の日本人」 田中均氏が講演