「母」横田早紀江さんに応援を | trycomp2のブログ

「母」横田早紀江さんに応援を

 先日、青森で「自作詩を朗読する会」に参加した折、二人の女流詩人が亡き母へ詩を寄せているのを聞いた。一人は桜庭恵美子さん。「生まれた日から あなたに向かって わたしは落下している あなたに近づくように ぽとりぽとり…と 落下している」
 もう一人は葛西美枝子さん。「母の日に 母はなく 鳩笛の音色だけが ホーホーとひびいてくるのです 母の日に 母はなく」 私は隠れて涙をぬぐった。オイ! 泣かせるのはやめてくれ。私は三回忌を過ぎてもまだ母の詩は書けないでいる。「母の日」は近い。母と娘のきずなはこの上なく温かく深い。
 旅の途中の横浜駅で待ち時間つぶしに駅ビルに寄り、高島屋デパートで開催されている横田滋氏の写真展をのぞいてみた。「めぐみちゃんと家族のメッセージ」と題し、横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されるまで13年間の家族写真70点が展示されている。会場の入り口に満開の桜の木の下で、真新しい中学校の制服に少し緊張した視線のめぐみさんが迎えてくれる。これはよく新聞、テレビに出てくる私たちがお目にかかるめぐみさんで、風疹にかかって入学式に出席することができず、後日滋さんが嫌がるめぐみさんを学校の校門に連れ出し撮影した一枚である~とコメントがある。
 年の離れた妹を可愛がっていた滋さんにとって、めぐみさんは待望の女の子。喜びもひとしおで内裏雛(びな)の掛け軸を背に、ほおずりする様子、その周りに彼女のために買ったであろうカール人形やフランス人形が行儀よく並んでいる写真。生後間もない双子の弟たちにチューする三歳のめぐみさん。徒競走ではいつも一位、満面の笑みで振り返っているえくぼ顔のめぐみさん。家族旅行で列車の中、向けたカメラにひょうきんな表情をしてみんなを笑わせることが得意のちゃめっ気ぶり。また、雪の新潟で最初に迎えたお正月は、お母様の着物を着て薄紅を引き、ちょっと大人っぽい雰囲気。
 カメラを持って、いつも子供たちを追い回していた滋さん。よみがえったお父様撮影のアルバムは、どれもこれも愛情が満ちあふれていて、どれほどに温かかったか、どれほどに幸福であったか手に取るように分かる。切なくて胸が痛み、時間つぶしにといい加減な気持ちで会場に入り込んだ自分を恥じた。今まで拉致被害者の情報に同情だけで何もしなかった無力の自分が申し訳なく、すぐに青いリボンをいただいて胸にピンで止めた。
 ナツメロの「岸壁の母」は戦争に行った生死の分からぬわが子を待つ悲しみの歌である。母は来ました。今日も来た。この岸壁に今日も来た…。ほんの少し前、その母の姿を私はオウム事件の坂本弁護士の母上に重ねてみたことがあった。
 そして今、横田早紀江さんの深い悲しみにそれを感じる。しかし、彼女は待つだけの母ではない。信念と行動力と勇気を持って立ち上がり、奮い立つ気力で凛然(りんぜん)と非情なる北朝鮮に拳を振り上げたのだ。アメリカの下院公聴会では、世界が心を合わせて拉致問題の解決を―と訴え、ブッシュ大統領に「MOM」と抱きかかえられた早紀江さん。その願いが国際世論を動かし、大きな一つのうねりとなるよう応援しようではないか。
(エッセイスト 四倉 芙蓉)
陸奥新報WWW-NEWS