待ち続け29年閉店へ 拉致被害市川さんの実家スーパー 現地に家新築 修一さんの部屋も
鹿児島県鹿屋市の小さなスーパーが、近く店を閉じる。同県・吹上浜で北朝鮮に拉致された市川修一さん=当時(23)=の両親が営む店だ。父、平さん(92)、母トミさん(90)たち家族が帰りを待ち続けた29年間。店は12日に取り壊されるが、「いつ帰ってきてもいいように」と現地に建て替える家には、修一さんの部屋も設けられる。
店の名は「スーパー市川」(同市輝北町)。衣料品などを販売する前身の「市川商店」が開店したのは、修一さんが生まれた1954年。78年7月に、生鮮品も扱うスーパーに新装開店した。開店直後の大売り出しには修一さんも鹿児島市から駆け付けた。「結婚を前提に付き合っている人がいるので連れてきたい」。帰り際にそう話したのが、家族が最後に見た修一さんの姿。交際中の増元るみ子さん=同(24)=と一緒に拉致されたのは、その約2週間後の8月12日だった。
地域の過疎化。大型店の進出。そして、何より29年という年月が夫婦に重くのしかかる。平さんは足を悪くして数年前から店に立てない。トミさんも隣接する自宅との往復に苦労する。修一さんの兄健一さん(62)夫婦は、救出活動で全国を飛び回る日々。店の手伝いも十分にできない。
「母1人では限界だ」。店の前を走る国道の拡幅計画が出てきたことで、健一さんは閉店を提案。トミさんも承諾した。
商店時代を含め53年間続いた同店。修一さんは今年、同じ53歳。「過ぎた時間は埋められないが、もう一度、家族で喜び合いたい」。取り壊しを前に、閉店準備に追われる健一さんが漏らす。
日に日に商品が減っていく店内。スーパー開店直後、楽しそうに手伝ってくれた修一さんの笑顔が重なる。「一生懸命やってきた。もう悔いはない」「あとは修一の帰りを自宅で待つだけ。早く修一に会いたい」。そう話すトミさんの瞳はかすかに潤んでいた。
=2007/12/08付 西日本新聞朝刊=
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