緊急連載 取り戻すまで -松本京子さん拉致被害者認定 1 | trycomp2のブログ

緊急連載 取り戻すまで -松本京子さん拉致被害者認定 1

【上】怒りと期待、思い複雑
 
2006/11/18の紙面より
 一九七七年に失跡した松本京子さん=当時(29)=が十七日、北朝鮮による拉致被害者に認定された。認定に向けて活動してきた京子さんの家族や友人、特定失踪(しっそう)者問題調査会のメンバーらはあらためて、被害者認定に向けて戦ってきた時間を振り返った。「遅すぎた」という腹立ちと同時にわき起こる帰国への期待。複雑な思いを抱えながら、京子さんの救出に向けた新たな戦いが始まった。

■もどかしい思い
 「きっとまたあの子も帰ってきますわい」-。認定を受けた会見で、母親の三江さん(83)は京子さんが編んだカーディガンに袖を通しながら、涙をにじませて語った。京子さんが行方不明になってから二十九年。三江さんは日々の畑仕事を続けながら、京子さんの帰宅を待ち望んできた。

 京子さんが拉致された可能性が強まったのは二〇〇二年九月。家族が「北朝鮮に拉致された日本人を救出する鳥取の会」(救う会鳥取)とともに声を上げた。同年の日朝国交正常化交渉で京子さんの名前が出され、〇三年には脱北者から京子さんの目撃証言が得られるなど期待は膨らんだ。

 しかし、ほかの拉致被害者が帰国する中で有力な手掛かりはつかめず、政府の認定も得られなかった。〇四年一月には兄の孟さん(59)らが京子さんの拉致を米子署に告発して早期解決を求めたが、警察の捜査状況もほとんど分からないまま、家族はもどかしい思いで年月を過ごしてきた。

 今回の認定について、調査会の荒木和博代表は「『遅すぎる』というのが率直な感想」と述べ、地元で活動してきた同会の妹原仁常務理事も「何をもって認定するのか非常に分かりにくい」と語気を強めた。
■新たなスタート
 一方で、家族は京子さんの同級生や元同僚らと協力しながら署名活動を続け、これまでに約二万人の署名が集まった。今年六月からは、認定を求めるデモ行進を毎月行うなど、粘り強い活動を展開してきた。

 ようやく踏み出された一歩に、署名活動などに協力してきた「松本京子さんを支援する同窓生の会」の矢倉修さん(58)は、「認定後は、政府に目に見える形で結果を出してほしい」と求めた。

 会見で二十九年間を「本当に長かった」と振り返った孟さん。年老いた母は「京子に一日も早く会いたい」と願う。京子さんを「取り戻すまで」-。失われた長い年月を経てたどり着いた認定は、新たな出発でもある。
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