北朝鮮問題で改めて問う日本の国益と拉致と核(田原総一朗)
「サンデープロジェクト」の取材で北朝鮮に行った。小泉純一郎首相(当時)が二度目の訪朝をした後に、僕も拉致問題の取材でピョンヤンへ行っているので、今回が二度目の北朝鮮訪問となる。
最初の訪朝から3年。その間に、核実験、ミサイル実験などが行われ、世界の中の北朝鮮の立場が非常に悪化した。その結果、6カ国協議が始まり、アメリカは北朝鮮に対して怒り、憤りを示していた。核に対する恐怖もあったはずだ。アメリカは北朝鮮をイラクとともに「悪の枢軸」として名指しするなど、完全な敵視政策をとっていた。
北朝鮮に急接近するアメリカ
ところが、去年の暮れくらいから今年にかけてアメリカの態度がぐんぐん変わっていった。今、恐るべき勢いでアメリカは北朝鮮に接近している。北朝鮮の資金を預かっていたマカオの銀行「バンコ・デルタ・アジア」(BDA)は、核実験に対する制裁で完全凍結していたが、それも解除してしまった。
核の脅威をなくせば100万トンの重油を提供すると5カ国で決めていたのだが、私が北朝鮮にいる間に、なんとその重油の提供も始めてしまった。日本は拉致問題の交渉が暗礁に乗り上げてしまったため、日本以外の4カ国、アメリカ・ロシア・中国・韓国で協議を始めてしまった。韓国はすでに5万トンの重油の提供を始めており、4カ国は残りの95万トンに相当する金額の経済援助を決めている。
おそらく今年中にアメリカはテロ支援国家から北朝鮮を外すだろう。
このように、アメリカは恐るべき勢いで北朝鮮に接近している。
むしろ、日本を除く4カ国が重油や経済援助を始めている今、拉致問題で交渉が滞っている日本は蚊帳の外に置かれてしまう可能性がある。日朝関係は3年間凍結・停滞したままで動きがないが、世界は動いているのだ。
北朝鮮のレアメタルに群がる欧米諸国
このような状況の中で、北朝鮮は一体何を考え、日本に対してどのような考え方をしているのか。これを知りたいと思い、僕は北朝鮮へ向かった。
まず驚いたのは、北朝鮮へ向かう飛行機だ。
日本から北朝鮮へは北京経由で入る。3年前の訪朝の際は、北京からの飛行機は非常に小さく、貧弱で、“危なっかしい”ものだった。乗客も中国人など、東洋人ばかりだった。だが、今回は大型の飛行機になっていて、しかもそれが満員だった。さらに、乗客はEUやアメリカなど、各国の白人や黒人たちだった。これはすごい変わり様だな、と思った。彼らに何をしに北朝鮮へ行くのかと聞くと、皆「ビジネスだ」と言う。観光ではないのだ。
日本は拉致問題を教条的に捉えて北朝鮮との関係を絶っている間に、世界は北朝鮮をビジネスチャンスの場ととらえて積極的に動いていたのだ。
今話題になっている「レアメタル」は、未開拓の北朝鮮にはまだ多く残っている。ニッケルやコバルトなどの希少金属であるレアメタルは、液晶テレビの表面加工や携帯電話やノートパソコンのバッテリーに使われるなど、ハイテク機器には欠かせない材料だ。これがまだ北朝鮮では豊富に眠っているのだ。
北朝鮮は労働力が安いので工場も作れる。色々なビジネスチャンスがあるということで、世界中の人々が北朝鮮へ来ている。僕が宿泊した高麗ホテルにも、多くの白人がいた。北朝鮮を巡っては、すでにビジネスをはじめとして、多くのことがすでに動いているな、ということを感じざるをえなかった。日本だけが出遅れているのではないかという危機感すら感じた。
経済復興へ向かう北朝鮮
北京の空港で北朝鮮行きの飛行機を待っている時、同じ飛行機を待っている国連の食糧支援部の職員がいたので、彼に北朝鮮の食糧事情はどうなっているのかと聞いた。その国連職員は、「ずいぶん改善された」と答えた。「ずいぶん良くなったので我々の仕事がなくなって、最近は暇を持て余すことも多い」とも言っていた。
実際に北朝鮮の街を見ても、以前は舗装している道路でも穴が開いていたのだが、そういった穴はなくなっているし、道の両脇にはずいぶんマンションが建っている。やはり北朝鮮は多くの面で変化している。
そのような変化している北朝鮮へ行った最大の目的は、ソン・イルホ日朝国交正常化交渉担当大使に会うことだった。さらに、北朝鮮のナンバー3である、ヤン・ヒョンソプ最高人民会議常任委員会副委員長に会うことができた。
僕は、ソン・イルホさんに「拉致問題が停滞している。この拉致問題をどう考えるか」と聞いた。彼は、「日本が言う拉致被害者の13人のうち5人は返した。8人は亡くなっている。亡くなった8人は、亡くなったのだ。これは日本にも報告している」と言った。
さらに、「それ以外に日本人がいるかどうかは、日本から調査依頼を受けていない。もしも日本からそれを調査するように正式な依頼があれば、調査をする準備がある」とも言った。
13人以外に、拉致された日本人は確かにいるのだ。これは相当いる。それを調査する準備があるとソン・イルホ日朝国交正常化交渉担当大使が発言した。これは初めての発言だ。
北朝鮮のナンバー3が回答したこと
しかし、それには条件が3つあると言う。1つは、今の経済制裁の解除。2つ目は、日本が朝鮮半島を植民地支配していた過去の問題。3つ目は、朝鮮総連に対する仕打ちが冷た過ぎるので、もっと自由に活動できるようにしてほしいということだった。
「この3つを日本が改めてくれるならば、こちらは再調査をする」と言った。北朝鮮の公の立場の人物が「再調査をする」と言ったのは初めてだ。今までは、「それはもうケリがついている」など、色々なことを言っていたのだが、今回初めて再調査の準備があると発言した。
「8人全員が死んでいると北朝鮮が言っていてもそれは本当に死んでいるかどうかわからない。第一、日本の拉致被害者の家族たちは全員生きていると信じている。ここの問題を解決するまでは、再調査なんて後回しだ」
このような意見があることもわかるが、僕は、再調査については、それはそれでありだと思う。
やはりこれからはもっと国益というものも考えなければならない。
先ほど述べた通り、今年中にアメリカが北朝鮮をテロ支援国家から外す可能性がある。また、日本を除く4カ国がすでに北朝鮮への援助を始めている。日本は経済制裁しているので、当然北朝鮮との貿易はない。
しかし、中国は今年の上半期で北朝鮮との貿易量が昨年に比べて約50パーセント増えている。韓国に至っては68パーセント増えている。ということは、日本が経済制裁をしても実際はあまり意味がないということだ。
ライス訪朝で国交正常化へ向かう米朝
今、北朝鮮は来年の春にライス国務長官が来るということで非常に盛り上がっている。おそらく実際にライス国務長官は訪朝するだろう。
僕は、アメリカがブッシュ大統領の時代のうちに、つまり来年のうちに、米朝国交正常化を実現させる可能性が十分にあると思っている。そのような中で、日本が拉致問題にこだわりすぎると、この世界の動きに乗り遅れてしまうし、取り残されてしまう。
ソン・イルホ日朝国交正常化交渉担当大使の取材に臨んだ僕には、このような強い危機感があった。ソン・イルホさんは、日本が「3つの条件」を改善して、環境が整えば、北朝鮮側は再調査をすると言ったとき、「再調査と言っても、誰も生きていないようでは、これはトリックだぞ」と僕が言った。だが、彼は「いや、そんなことはないと思う」ときっぱりと答えた。
実は僕はソン・イルホさんと約6時間話しをした。初対面なので、カメラを回す前にまず1時間半話をした。ここでもざっくばらんに、僕がどういう人間で何をしに来たのかということを話して、色々と聞いた。そして、インタビューを1時間半行って、さらにその後3時間食事をしたり酒を飲んだりして、話をした。ここでソン・イルホさんの言っていることがかなり本音だな、ということを感じた。
さらに僕の方から、横田めぐみさんの遺骨だと言われている骨についても話を聞いた。
この「遺骨」に関しては、日本では帝京大学の吉井富夫講師(当時)が鑑定を行い、偽物だという結果が出た。北朝鮮は本物だと言っていて、さらに偽物だと言うならば返せとも言っている。
『Nature』で明らかになった吉井鑑定の信憑性
ところが、日本で鑑定を行った吉井さんが、有名なイギリスの科学雑誌『Nature(ネイチャー)』のインタビューで、この偽物だとした鑑定結果に対して「実は自信がない」と答えている。「自分は遺骨の鑑定はしたことがなかった。もしかしたら他人の何かが付着してしまっていた可能性もある」などと話していて、『Nature』が発表した彼のインタビュー内容は非常に自信のないものになっている。
北朝鮮は本物だと言い、日本は偽物だと言い、『Nature』にはこのような発表が出ている。
そこで僕は「アメリカで確かめたらどうか」と勧めた。アメリカでは相当高温で焼いた骨も鑑定できる装置が開発されている。アメリカでならより正確な科学判定ができるはずだ。ソン・イルホさんはアメリカでの判定の中立性に難色を示していたようなので、「日本と朝鮮が立ち会えばよいじゃないか」ということをぶつけた。
彼もはじめは「日本が遺骨を返すべきだ」とか「横田めぐみさんの夫の許可をとるべきだ」など、色々と言っていた。そこで僕は「そんなことは外務省との交渉で言ってくれ。とにかく、第3国であるアメリカでの鑑定に賛成なのか、反対なのか」と迫った。すると彼は最後には「そんなことは、こっちの方が言っているんだ」ということを言った。つまり、第3国での鑑定に北朝鮮側は賛成するという発言に変わったのだ。
この取材内容を11月11日の「サンデープロジェクト」で放映した。このソン・イルホ日朝国交正常化交渉担当大使の発言を受けて、日本政府がどう動くかということは、僕はわからない。それを僕がどうこうしようという気もない。また、「サンデープロジェクト」を見た視聴者、この連載の読者がどのように判断するかは、その判断に委ねたいと思う。
少なくとも、今までになかった新しい発言をソン・イルホさんが言った。これは確かだ。
自信をつけてきた北朝鮮
「サンデープロジェクト」の放送をご覧になっていた方はわかると思うが、横田めぐみさんの遺骨とされている骨の話題になって、彼の話は途中で調子が変わった。
それに対して日本政府がどうするのか、ということについて僕がどうこう言うつもりはない。ただ、日本が拉致問題に教条的に固執するあまり、世界の動きから孤立しつつあるのではないかということを、実際に訪朝してあらためて感じた。ここに非常に危機感を感じているということだ。
もちろん北朝鮮は独裁国なので、色々と問題はあると思う。
人々にインタビューしていても、こちらが聞かなくてもすぐに「金日成(キム・イルソン)主席、金正日総書記を最も信頼しています」などいう言葉が挨拶用語のように出てくる。非常に可愛らしい中学生の女の子がインタビューに答えてくれたのだが、彼女に「大きくなったら何になりたい?」と聞いたところ、「兵士になります。金正日将軍のために銃を持って戦います」と答えた。
非常にマインドコントロールされているということは、確かに感じる。しかし、私自身も同じようなことを言っていた過去がある。私は小学校の5年の時に敗戦を迎えた。小学生のときずっと「君たちの寿命は20歳までだと思え」と言われていた。そして「天皇陛下のために、大東亜共栄圏建設のために戦え」と教え込まれていた。
北朝鮮はかつての日本と同じだと感じた。
3年前の北朝鮮はアメリカに全く相手にされなかったので自信がなかった。今は自信をつけてきている。
六カ国協議で取り残される日本
なぜアメリカの態度が急に変わったかというと、ブッシュ大統領とライス国務長官がなんとか任期中に何かしらの成果を残しておきたいと焦っているからだ。
ブッシュ政権は来年いっぱいで終わってしまうが、イラク戦争は泥沼化してしまい、何1つ成果を上げていない。ブッシュ大統領とライス国務長官は、今から何か解決できる問題あるとすればそれは北朝鮮だと、大方向転換をした。そして、それに中国、ロシア、韓国も追随して、拉致問題を抱えた日本だけが取り残されている状況になっている。
僕は、拉致をいい加減にしろとは言っていない。ただ、向こうが再調査をすると言い出している、ということだ。北朝鮮も少し変わってきているのだと思う。
小泉前首相が日朝国交正常化をしようとしていた時は、アメリカは全く関心がなかった。関心がないどころか、「悪の枢軸」とまで言っていた。まずビン・ラディン、タリバンとの戦争があり、フセイン・元大統領率いるイラクと戦争をやるために、イラク・イラン、そして北朝鮮を「悪の枢軸」とした。
アメリカから全く相手にされず、敵視されていた3年前は、北朝鮮は自信がなかった。日朝国交正常化は、おそらく北朝鮮から日本に提案してきたのだと思う。
国交正常化というのは、結果的に「カネ」だ。日本は韓国と国交正常化する時に5億ドル出している。その時から通貨の価値が変わっているので、今北朝鮮と国交正常化をすれば日本はその10倍の50億、60億ドル、つまり、7000億円くらいを払うことになる。これでもって経済を再建したいという思いが北朝鮮にはあったはずだ。
拉致問題をどう考えるか
アメリカが北朝鮮に対する敵対政策を止めて、近づいたことで、北朝鮮は自信を持つようになってきた。自信を持って、有利にはなってきたのだけれども、やはり日本のカネには期待している。自信を持ち始めた北朝鮮は、日本との交渉に対する態度も変わってきており、3年前とは違う意味で前向きになっていると思う。
交渉としては、日本は3年前の方が有利な立場にあった。あれを突っぱねてしまったというのは日本の国内政治の問題だった。
もしアメリカが先に北朝鮮との国交正常化を実現したら、これは大変な問題だ。アメリカは日本に金を出してやれと言うだろう。
レアメタルは、コンピュータを作るのにも何をするにも必要なもので、北朝鮮にしかない。だから多くの白人が北朝鮮に集まってきている。ここに大きなビジネスチャンスがある。北朝鮮が各国との貿易をますます盛んに行うようになれば、日本の経済援助の相対的な価値は下がる。
日本も、政治は政治、拉致は拉致、しかし、ビジネスはビジネス、というようにやるべきだ。EUやアメリカはすでにそうしている。
現在、164カ国が北朝鮮との国交正常化を実現しており、残っているのは20数カ国だけだ。日本から見ると北朝鮮が孤立しているように見えるが、実は全然孤立などしていない。国交正常化していない国の方が孤立しているのだ。
日本はもっと危機感を持つべきだ。これで、アメリカが国交正常化を実現すれば、日本は世界の大勢から取り残されてしまうことになるのだ。
田原 総一朗
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