再浮上した工作員『朴』 | trycomp2のブログ
流ちょうな関西弁 脅迫で協力者獲得
70年夏ごろ男鹿半島から密入国
北朝鮮による拉致被害者が昨年暮れ、自らを拉致した「犯人」の名を挙げた。名指しされたのは、別の拉致事件に関連し国際手配中の元工作員辛光洙(シンガンス)容疑者と、過去に警視庁が摘発したスパイ事件の主犯格で、「朴(パク)」と呼ばれる男だ。かつて特報部は、小住(こずみ)健蔵氏になりすましていた、この「朴」を取り上げたことがある。「朴」とはどんな男か。資料をもとにあらためて検証する。 (星野 恵一)
「やっぱり、兄も朴たちにやられていたのか…」。拉致被害者の蓮池薫氏が、拉致の実行犯として、「朴」のことを口にしたことについて、小住氏の三番目の妹(64)は北海道函館市内の自宅で思いを新たにした。
蓮池氏と祐木子さん(旧姓・奥土)は一九七八年、新潟県柏崎市の海岸で、「たばこの火をかしてくれ」と近づいてきた男らに拉致された。蓮池さんは、北朝鮮から帰国して三年余りたった昨年十二月、その実行犯について「朴」と証言した。捜査当局は国外移送目的略取容疑で捜査し、国際手配の準備を進めている。
その「朴」が、かつて日本国内で成りすましていたことがあるのが小住氏だ。
小住氏は六一年、故郷の北海道から東京都内に移って以降、行方不明となったが、警視庁は八五年、小住さんに成りすましていた朴容疑者を、「スパイ事件」の主犯格と特定した。いわゆる「西新井事件」だ。
現在、小住氏の立場は、北朝鮮による拉致の疑いがある「特定失踪(しっそう)者」という位置づけだ。
「蓮池さんの証言は重要だと思う」と、小住氏の四番目の妹(57)は話す。二番目の妹(66)は「兄が北朝鮮にいるものなら、連れて帰りたい。だけど、拉致されていたとしても、もう兄は年…」と口ごもった。
■「松田」と名乗り女性と同居生活
横田めぐみさんらの拉致にかかわった疑いが浮上している辛光洙容疑者については、その人物像が度々、報道されているが、「朴」のことはあまり語られていない。だが、警察内部で作られた冊子「焦点」には、「朴」の工作活動の詳細が記されている。
「朴」は七〇年夏ごろ、秋田県の男鹿半島に密入国し、都内のゴム製造会社に就職。名前を「松田忠雄」と名乗った。すぐに夫と死別していた女性=当時三十八歳=に近づき、同居を始めている。戦前、愛知県内に住んでいたことがあり、日本語の読解力は抜群で、流ちょうな関西弁を操った。初詣でに出かけるなど、「日本人的生活態度をとり続けた」(焦点)という。
密入国から間もない七一年夏、「朴」は大阪市内で在日韓国人A(冊子では実名)を呼び出し、「私は、北朝鮮に住んでいる両親や兄弟を知っている。言うことを聞いた方が良い…」と迫り、協力者に仕立てた。
その三年後、「朴」はAを北朝鮮から差し回された白い高速艇に乗せ、石川県の能登半島・羽根海岸から、北朝鮮に密出入国させ、平壌郊外で半年間にわたり工作員の教育を受けさせている、という。
そして、「焦点」は、こう記している。「北朝鮮スパイが日本に密入国した後、最も苦心するのが『偽装居住権の設定』。そのため、日本人に成りすましたり、他人の外国人登録証を利用するなどして、身の安全を講じる」
■他人成りすまし免許証、旅券取得
「朴」は、二回、日本人に成りすましている。最初は、七一年、東京・山谷の路上に倒れていた小熊和也氏=当時(34)、福島県出身=で、都内の病院に入院させるなど面倒をみていた。その後、Aとともに小熊氏の実家を訪れ、両親に「小熊さんの戸籍が福島にあると何かと不便なので、ぜひ、東京に移してもらいたい」と持ちかけ、本籍を都内に転籍させた。
「朴」は小熊氏の戸籍を利用し、小熊氏名で運転免許証や旅券を取得。小熊氏が七六年に病気で他界すると、「第二弾として八〇年四月、所在不明となっている小住さんの本籍を見つけ出し、本籍を北海道から足立区内(注・西新井)の自分の住所地に移し、小住健蔵になりすました」(焦点)。
この転籍をふとしたきっかけで知った小住さんの二番目の妹は、当時、小住さんの居住地となっていた家に電話している。だが、対応に出た朴容疑者は「小住さんは、今、マージャンに行っている」などとごまかした。妹が振り返る。「電話を一回、手紙を一回出した。服などと一緒に三万円を送ったが、『荷物だけもらうが、お金は返す』と、出した手紙とともに送り返してきた」
「朴」は小住氏の名でも旅券を取得している。「焦点」はその背景を「北朝鮮およびその海外拠点との連絡・運営」と記している。実際、「朴」は小熊氏名義の旅券で、フランス、ソ連(当時)に三回、小住氏名義では、八〇年から八三年二月までにマレーシア、タイ、香港、韓国、西ドイツ(同)などに六回、海外渡航している。
■国内旅行装い?海岸線写真撮影
一方、「朴」は同居女性と一緒に自らが上陸した男鹿半島、大阪、能登半島、四国、九州などを旅しており、Aが密出入国した能登半島では、持参テントに一週間も滞在し、海岸線の写真を撮っていたという。
■北朝鮮への「圧力」材料か
この西新井事件では、北朝鮮による「拉致」を疑わせる供述も出ていた。Aは「朴は、『本物が日本にいるといつ、戸籍の横取りが発覚するかわからない。危険だから小熊を北朝鮮に送ってしまえ』と命じた。しかし、小熊さんは病死したため連行はできなかった」と供述した、という。
こうした経緯から、「焦点」は、小住氏についても「北朝鮮に送り出された可能性も否定することはできない…」と記していた。
だが、「朴」は八三年二月、小住氏名義の旅券でマレーシアに出国して以来、所在不明だ。当時の捜査関係者は取材に対し、「当時はスパイ事件が前面に出たが、拉致を前提に捜査を進めた。朴が所在不明で拉致を特定できなかった」と話したことがある。
「朴」や辛容疑者に関する情報が、この時期に明らかにされたことについて、コリア・レポート編集長の辺真一編集長は「帰国した拉致被害者はもっといろいろ話していると思う。政府は、情報を小出しにして、日本の持っているカードを見せたくないのではないか。今回の情報について、『辛容疑者や朴が実行犯では都合が良すぎる』という声もあるが、重要な情報で、北朝鮮に対するプレッシャーをかける材料として出てきたと思う」と解説する。
さらに、拉致問題が進展しない中での今回の情報について、「日朝協議で日本は、拉致された生存者の帰国、特定失踪者の究明、拉致犯人の身柄引き渡しを求めているが、今回の情報で、犯人の身柄引き渡しにこだわりすぎると、北朝鮮に逆手に取られ、問題をずるずると引き延ばされかねない。重要なのは、生存者や特定失踪者の情報で、今回の情報を、そこにどう結びつけていくか。それが問題」と話した。

