「北朝鮮性善説」の蹉跌(2008/1/11) | trycomp2のブログ
「北朝鮮は完全で正確な申告をしなければいけない……」 年明け4日、米朝融和路線の立役者ともいえるヒル米国務次官補(東アジア・太平洋担当)は、ワシントン郊外の空港で力なくそう述べた。一時は2008年中にも米朝国交正常化交渉を開始できるとまで意気込んでいたヒル次官補。だが、2008年の年明けはヒルにとって、何とも重苦しいものになってしまった。 ヒルらの計算通りに進んでいたならば、北朝鮮はこの時までには6カ国協議で合意した核放棄の第二段階として、「全核計画の申告」と「核施設の無能力化」の両措置を完了しているはずだった。昨年10月の合意文書には北朝鮮が「寧辺(ニョンビョン)3核施設の無能力化とすべての核計画の申告」を「12月31日までに完了する」と明記されている。 ヒル次官補の落胆 しかし、ヒルの願いも空しく、またも北朝鮮はここでお得意の「瀬戸際外交」に転じてしまった。 昨年12月24日、韓国紙の朝鮮日報は寧辺の核施設で進めている無能力化作業にについて、「北朝鮮が使用前核燃料や冷却塔施設を対象に含めないと主張し、廃棄を拒否している」と報じた。 北朝鮮は核燃料の除去や冷却塔施設の破壊について「行動対行動の原則に基づいて、無能力化作業の次の核廃棄段階で実施すべきだ」と強調。これに対して、米側は燃料廃棄や施設への接近禁止を求めているため、米朝双方の主張が対立している、と同紙は指摘した。 その3日前の12月21日、米ワシントン・ポスト紙は北朝鮮による高濃縮ウラン(HEU)による核開発疑惑を巡り、米側がHEU製造に必要な遠心分離機などに使ったと見ているアルミ管のサンプルを北朝鮮が提供し、そこからHEUの痕跡が検出されていた、と報じた。ウラン濃縮に必要な遠心分離器の仕様と合致するアルミ管を150トンほど輸入したとされる北朝鮮はその使用目的について「ロケットなどの通常兵器に使った」などと説明し、疑惑の全容解明に応じてはいなかった。 「過去の6カ国協議の合意は、非核化の次の段階が進展すれば米朝の関係が改善することを明確に示している」 ヒルとともに米朝融和路線を推進するライス国務長官は12月21日、ポスト紙の報道を受けてそう述べた。その前日にも「北朝鮮は多くのことが(核計画の申告などに)かかっていることを理解すべきだ。きわめて重大な時点に来ている」と語気を強めて語ったばかりだった。 重油などのエネルギー支援、米国によるテロ支援国家指定解除、敵対国通商法による経済制裁の解除など北朝鮮が求めてやまない「見返り」はもう目の前にある。ここまで来たら、無駄な駆け引きや抵抗はしない方がいい――。 それが対北朝鮮外交においては素人同然といってもいい、欧州・ロシア専門家のライス・ヒルが平壌に向けて発信した、精一杯の「善意のメッセージ」だった。 米朝間に“すき間風” そうした米側の「善意」を踏みにじるかのように、北朝鮮は2007年末という履行期限を堂々と破ってみせた。これに対して、米側は即座に「北朝鮮が完全で正確な核計画を申告する義務を果たしておらず、核施設の無能力化作業の速度を落としているのは遺憾だ」(ケーシー国務省副報道官による昨年12月30日の談話)、「いまだ完全で正確な申告はされていない」(ペリーノ米大統領報道官の1月2日の発言)と遺憾の念を表明する。すると、北朝鮮はすかさず年明けの4日、開き直りとも取れる緊急声明を発表し、その責任を米側に転嫁して見せた。 外務省報道官名で4日に出された緊急談話の中で、北朝鮮はすでに昨年11月時点で米側に計画内容を通報したと主張した。HEUを用いた核開発疑惑についても、ウラン濃縮用に輸入したアルミ管のサンプルを米側に提供したと言明。その上で「アルミ管を利用した軍事施設も視察させた」と述べ、寧辺の核施設の無能力化についても昨年12月31日までに「技術的に可能な範囲」で完了した、と強調している。 当初、北朝鮮はこうした一連の措置によって、テロ支援国家指定と敵対国通商法による制裁の解除などに米側が踏み切る、と期待していたフシがある。 だが、米側もヒルが北朝鮮に演じて見せていたほど「一枚岩」ではなかった。HEUの問題だけでなく、核施設の無能力化でも不透明な姿勢を見せ続ける北朝鮮に対して、ライス・ヒルのコンビはすでに米議会・共和党や政権内の強硬派から「無節操な融和路線は控えるべきだ」と批判を浴びていた。仮に、この程度の「履行内容」の見返りとして北朝鮮が望むような措置(テロ支援国家指定解除など)を取れば、さすがのライスといえども政治的に追い込まれる恐れは否定できなかった。 こうして生じた米朝間の空隙(くうげき)に再び吹き始めた冷たいすき間風。それを生み出した要因は一体、何だったのだろうか。 その一つとして、ある元ホワイトハウス高官は「日本の福田首相による訪米の隠れた成果があった」と解説する。 この元高官によれば、日米首脳会談前、ヒルは対北朝鮮で強硬路線を貫いた前首相の安倍晋三に比べ、現首相の福田康夫は北朝鮮問題で「現実派」と断定。「日本人拉致問題に対する姿勢も安倍前首相ほど強硬ではない」と説明していたという。 仮に日本政府が拉致問題への固執姿勢を緩和すれば、自らが主導する対北朝鮮融和路線にもプラス要素となる。福田が自分の読み通り、柔軟姿勢を大統領に見せてくれれば「福田訪米」は自分たちにとって逆風ではなく、追い風になるかもしれない……。 ヒルはそんな思惑を「心中、描いていたはずだ」と元高官は指摘する。 だが、実際には首脳会談の席上、福田は拉致問題について前任者同様、強い態度で臨んだ。結果、ブッシュも「米側としても(解決に)努力したいという趣旨のこと」(福田)を日本側に伝えた。昨年11月16日の首脳会談後の共同記者発表でもブッシュ自ら、拉致問題について「米国はこの問題を忘れることはない(We will not forget)」と発言している。 北朝鮮政策を巡り、拉致問題に同情的な副大統領のディック・チェイニーらの強硬派と、核問題を優先視するライス・ヒルの現実派が激しく綱引きを演じていることは、このコラムで何回も指摘している。 2人のブッシュ 水面下で火花を散らす綱引きの中で、鍵を握っているのは常に最高権力者である大統領のブッシュであることに疑う余地はない。問題は、ここでブッシュの「役回り」を読み解くのが極めて難しいことである。 ブッシュ自身の個人的心情について、駐日米大使のシーファーら多くの関係者は「拉致問題の解決を心底望んでいる」と指摘する。一方で、自分の大統領としての「功績作り」に粉骨砕身している側近・ライスが進める融和路線を「黙認」しているブッシュもいる。つまり、北朝鮮問題については常に「2人のブッシュ」がその時々の情勢に応じて、強硬派にも柔軟派にも転じているのである。 昨年11月の日米首脳会談について、日本が目に見える形で手にした成果は少なかった、と前回コラムで指摘した。米国による北朝鮮へのテロ支援国家指定解除問題でも「解除しない」という明確な言質を取り付けることはできなかったのが、その最大の理由だった。事実、この首脳会談後も多くの米政府関係者は「北朝鮮が核の無能力化とすべての核計画を申告すれば、テロ支援国家指定を解除する可能性は高い」と口をそろえていた。 ただ、ヒルら政権内の「融和派」にとって誤算だったのは、ブッシュが彼らの思惑など一切無視して、拉致問題への「心情」を正直に吐露したことだった。金正日を「絶対的な権力者」と見立てる北朝鮮から見れば、「大統領の言葉」は非常に重たい意味を持つ。すなわち、ブッシュの発した拉致問題に対する言葉は、米国によるテロ支援国家指定の早期解除を「米側の履行義務」と見なしていた北朝鮮にとって、看過できない「裏切り行為」と映った可能性は高かったのかもしれない。 日米首脳会談後の12月上旬、ヒルは訪朝し、そのカウンターパートである北朝鮮の金桂官(キム・ゲグァン)外務次官と会談した。だが、この時、すでに米朝間では双方に芽生えた不信感が負の共鳴を引き起こそうとしていた。 会談後、北京に立ち寄ったヒルは北朝鮮による核計画の申告の状況について「我々が申告対象に含むべきだと考える核物質と(ウラン濃縮に使う)遠心分離器、計画の3つのリストはなかった。いくつかの相違点が確かにある」と述べ、不満を表明した。後にこの時のやり取りについて、ヒルは「北朝鮮と議論はしたが、申告といえる正式な文書はなかった」と述べ、北朝鮮側から正式な「申告書」を受け取ったこともなく、その内容にも核拡散活動やHEUによる核開発が含まれていなかったことを明らかにしている。 結局、この時に表面化した米朝間のすれ違いは年を越しても縮まるどころか、広がる一方だった。 その後もヒルは米国を代表するオーケストラ、ニューヨーク・フィルハーモニックの北朝鮮公演を「水面下で強力に後押し」(元ホワイトハウス高官)するなど米朝融和ムードの維持に奔走した。だが、その努力のかいもなく、米朝融和路線は新たな「潮目の変化」を迎えつつあるように見える。 対北朝鮮交渉に詳しい米外交サークルの要人たちはかねて、ライス・ヒル路線について「北朝鮮の善意(Good Will)を前提にしては駄目だ」と警鐘を鳴らしていた。だが、ライス・ヒルのコンビはそうした雑音に耳を傾けず、あくまでも「北朝鮮性善説」を押し通し続けた。現時点でその結末を予言するのは早急ではあるが、必ずしもヒルが楽観していたように事態が進展していないのは今、誰もが認める「事実」となった。 自ら提唱する「北朝鮮性悪説」が的中しつつあることを受けて、融和路線には否定的な、別の元米政府高官はこうつぶやいた。 「まるでデジャビュを見ているかのようだ。恐らく、ブッシュ政権による北朝鮮融和外交もクリントン前政権末期の時のように一時期のモメンタムを失って、何の成果も出せないまま終わる可能性が高いのではないだろうか……」/blockquote>/nNET EYE プロの視点
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