北朝鮮亡命の元オウム女性が突然帰国 「対朝強硬新内閣」への揺さぶりか | trycomp2のブログ
2003年8月に北朝鮮に亡命を図り、その後、日本への帰国を求めていた大阪市の元飲食店従業員・北川和美さん(31)が3日午後、2年3か月ぶりに帰国した。会見した北川さんは北朝鮮に「何不自由なく」滞在し、「北朝鮮政府の深い理解の下」帰国したなどと明かした。日朝協議が再開された当日の帰国は、日本政府も想定外だったとみられ、対北朝鮮強硬派で新内閣を固めた日本側への北朝鮮サイドからの揺さぶりという憶測も呼んでいる。
突然すぎる帰国に、新潟市内のホテルに集まった報道陣は30人以上。身元の引き受け先となった東京都に本社のある会社社長が「北朝鮮に2年以上いて、日本語がたどたどしくなっているので、ご迷惑を掛けるかもしれません」と説明するなか、謎の帰国を果たした北川さんは、やつれた表情を浮かべながら、約30分間遅れで姿を見せた。
「北朝鮮政府の方は人道的に平壌市内の国際ホテルに滞在させてくれ、何不自由なく過ごした」「日本のマスコミでうるさく騒いでいることがありますが、私が実際に体験したことは、川を渡って北朝鮮の方が助けてくれました。そして人道的に政府の方々には大変お世話になりました」
か細い声ながら口をついて出たのは、北朝鮮政府への賛辞と感謝の言葉ばかり。逆に「帰国にあたって何か指示は?」の質問には「ありません」ときっぱり。「もう一度、北朝鮮に行きたいか?」と尋ねられると「はい。観光で行ってみたい」と、念願の帰国を果たしたばかりとは思えない感想を漏らした。
北川さんをめぐっては、昨年末ごろから「帰国を望んでいる」との情報が浮上。しかし、日本政府が正式に北朝鮮側に帰国を要求することもなく、動きはまったくなかった。「(帰国を)聞いたのは11月1日」(北川さん)で、日朝協議再開に合わせ、急きょ決まった可能性が高い。
身元受け入れ先の会社社長は「人道的立場で民間レベルで手伝った」と強調も、“北川カード”を対日交渉用に利用しようという水面下の動きはあったようだ。「『表』の外務省ルートとは別に独自に動く、『裏』の政界ルートは存在する」と政治・外交両面に詳しい政治ジャーナリスト・山村明義氏。
山村氏によると、今回の日朝協議で日本側の「表」交渉窓口となるのが、先日の内閣改造で誕生した「安倍官房長官、麻生外相、斎木審議官」の対朝強硬トライアングル。逆に今回の北朝鮮側は、これまで「裏」担当だった宋日昊(ソン・イルホ)氏が代表として臨んできた。
「裏を知る宋氏がポイント。日本側は拉致問題の進展で引かぬ構えだけに『北川カード』で日本の裏ルートに何らかのサインを送った可能性はある」(山村氏)という。今回の協議にあたっては、「日本側がまだ知らない拉致被害者が出てくる」などの未確認情報が飛び交っており、北川さんの“謎の帰国”が重要な意味を持っている可能性もある。(小松 雄大)
◆北川さん波乱の人生 週刊誌でヌードも
突然、帰国した北川さんは、元オウム真理教信者で、週刊誌上でヌード写真を披露するなど波乱に満ちた人生を送ってきた。
北朝鮮亡命後、大阪在住の知人にあて、平壌市内で撮影した写真や手紙を多数、送付。手紙によると、北川さんは03年8月24日に北朝鮮に入国。「毎日、ホテルで過ごしています。おいしい食事もいただいている」と約2年間、1泊2万円といわれる高級ホテルで、優遇された生活を送っていたことが書きつづられているという。一方では、「ファンデーション、薬、生理用品、ストッキングを送ってください」と生活用品に不自由している様子もつづられていたという。
また、「こちら(北朝鮮)の男性と結婚する」という記述があったり、「日本に帰りたい」と素直に祖国を思う気持ちも込められるなど、手紙の内容にも混乱が見られた。
亡命の動機について、04年、日本の一部テレビ局の取材に答え、「公安調査庁のことで、肉体的、精神的に追いつめられた」と意味深長な発言をする一幕もあった。
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