シーファー大使の憂鬱(2007/11/2)
「太平洋で最も緊密な同盟国である日本との関係に悪影響を与える可能性がある」――。
10月下旬、米大リーグ球団、テキサス・レンジャーズの共同経営者としてブッシュ米大統領と苦楽を共にし、やがて大統領の無二の親友となったシーファー駐日米大使はホワイトハウスに異例の文書を送った。
その内容は急速に進む米朝協議に関する助言だった。
シーファー大使の書簡
大使が送った電報の内容を特報した26日付の米ワシントン・ポスト紙によれば、シーファー大使はブッシュ大統領にあてた極秘電報の中で、焦点となっている北朝鮮に対する「テロ支援国家指定」解除を急ぐことは日米同盟に多大なマイナス影響を与えると指摘し、大統領の熟考を促したという。
電報の中で、シーファー大使は対北朝鮮交渉でほぼ全権を与えられているヒル国務次官補(東アジア・太平洋担当)についても苦言を呈している。
具体的にはテロ支援国家指定解除に際して、北朝鮮が日本人拉致問題でも実質的な進展を示す必要があると強調。そのうえで、ヒル次官補が北朝鮮との交渉の詳細をシーファー大使らに一切知らせていないことにも不満を漏らしているという。
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ブッシュ・小泉時代、「日米関係は最高」と日米両国政府関係者が口をそろえていたのが嘘のように現在の日米関係は21世紀が始まって以来、最悪の状態に陥っていると言っても過言ではない。
米中間選挙での与党・共和党の敗北、そして先の参議院選挙での与党・自民党の敗北。二つの大敗はその副産物として、日米両国に二つの大きな政策転換をもたらした。米側はそれまでの対北朝鮮強硬姿勢を抜本的に転換し、融和路線に転じた。さらに日本は米同時テロを経て、新たな日米同盟を象徴する動きとして米側から歓迎されたインド洋での海上自衛隊による補給活動を中止した。
北朝鮮による拉致問題の全面解決を自らの政治的使命と位置づけていた安倍晋三前首相やその周辺は、ライス国務長官やヒル次官補による電撃的な米朝対話路線を「裏切り」と受け止め、インド洋での補給活動の中止を米知日派は「日本が(55年体制時代に)先祖帰りしたようだ」と肩を落とした。
ヒル次官補が北朝鮮の金桂官外務次官らとの親密度を増せば増すほど、そして日本の小沢一郎・民主党代表が「米国の戦争には加担できない」との主張でインド洋上の補給活動に反対すればするほど、両国の間に生じた感情的な溝は加速度を増して広がっていく。
“唯一”の親日派
そうした日米関係の現状を米側で最も憂えているのは恐らく、シーファー大使に違いない。アーミテージ元国務副長官やグリーン前大統領補佐官が政権を去った今、ブッシュ政権の政治任命者の中で「唯一、日本のことを気にかけている」とされる大使にとって、先の米中間選挙での共和党の敗北→安倍政権の崩壊→インド洋での海自補給活動の中止、という流れは見るに堪えないものだっただろう。
ブッシュ大統領との精神的な近さから、「史上、最も重量級の駐日大使」と言われたシーファー大使は当初から、北朝鮮による拉致問題に大きな関心を寄せていたことでも知られる。拉致被害者の一人とされる横田めぐみさんの両親との面会、拉致現場となった新潟での視察、そしてホワイトハウスでのブッシュ大統領と横田めぐみさんの母親との面会セット。一連の動きの裏には、常にシーファー大使の「拉致問題に関する日本人の心情は十二分に理解できる」という強い思い入れがあった。
もちろん、シーファー大使が拉致問題に思い入れを強めた理由は感情面からだけではない。
ブッシュ大統領との盟友関係を築いた小泉純一郎元首相から「正統な後継者」として指名された安倍晋三前首相に対して、シーファー大使は首相就任以前から全面的な信頼を寄せていた。安倍首相を支えた国民人気の背景に拉致問題への強い姿勢があることを見て取ったシーファー大使はこれに連動する格好で、ブッシュ政権の対拉致強硬姿勢をリードしていった。
その背後には、そうすることが「盤石の日米同盟体制構築に資する」との政治的判断があった。そして、その努力はホワイトハウスでブッシュ大統領が「あれほど胸を打たれたことはなかった」と描写した横田めぐみさんの家族との面談でピークを迎えたのである。
だが、これ以降、シーファー大使が描いた同盟強化のシナリオは予想もしなかった二つの政治的大敗によって、書き換えを余儀なくされる。
ライス・ヒルへの不信感
対北朝鮮で融和路線を突き進むブッシュ政権に対して、日本の安倍政権は不信感を増幅させた。その先頭に立つヒル次官補はその大胆な交渉スタイルとも相まって、日本政府関係者の間では敬遠され、ヒル路線を支持するライス国務長官にも不信の目を向けさせた。
疑惑核施設の無能力を条件にテロ支援国家指定解除→朝鮮戦争の休戦協定破棄・平和条約締結→米朝国交正常化という道筋を描くヒル・ライスのコンビに日本の安倍政権は不満をため込みながら、その一方でその袋小路から抜け出すための具体的な対応策を見出すこともできなかった。
安倍前首相の電撃的な退陣によって誕生した福田康夫首相は従来から、拉致問題について安倍前首相よりも柔軟な姿勢を示していたとはいえ、拉致問題と北朝鮮政策を巡る日米間の温度差はすでに臨界点にまで達している。
そのことに少なからず責任を感じているであろう、シーファー大使やその周辺は日本国内で発生した自民党と民主党による衆参両院での「ねじれ現象」の結果、インド洋上での補給活動の是非を巡る議論が熱を帯び、それがある種の「反米感情」を刺激していることに危機感を募らせた。
そうした状況に見向きもせず、ライス・ヒル陣営はここに来て、米政府要人を随時、東京に派遣し、「年内に指定解除した場合、日本はどう対応するか」と水面下で打診して回った。
駐日大使という建前上、これを黙認していたシーファー大使の忍耐はここに来て、限界を超えた。北朝鮮政策を巡る日米温度差、日本軽視とも受け取られかねないライス・ヒル陣営の性急な融和路線。対日政策の最前線に立つ在京大使館の長として、シーファー大使はついに腹をくくり、異例の電報をブッシュ大統領に打つことを決めたのである。
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シーファー大使の電報をスクープしたのはブッシュ政権について、数々の内部情報をベースにスクープを連発している米ワシントン・ポスト紙のグレン・ケスラー記者である。
ワシントン政界ではシーファー大使の電報の中身もさることながら、明らかにホワイトハウス内部からリークされた極秘情報がなぜ、ライス国務長官に批判的な記事や本を執筆しているケスラー記者の手に渡ったのかについても様々な憶測が飛び交っている。
激しさを増す綱引き
すでに前回紹介したように、ブッシュ政権ではいまだに北朝鮮への融和路線の是非を巡り、ライス・ヒルのコンビとチェイニー副大統領を筆頭する懐疑派との間で激しい綱引きが演じられている。
これに加え、今回のシーファー書簡や、それに関する情報リークはライス・ヒルの融和派に対して、チェイニー副大統領らだけでなく、国務省や在京米大使館の中にも疑問や不満を漏らす声が充満しつつあることを示す結果となった。
核開発に関する北朝鮮とシリアとのつながりを含め、対北朝鮮融和政策を巡る米政界(政府・議会)の攻防は今後、一層激しさを増す可能性が高い。ブッシュ大統領にあてたシーファー大使の書簡はそうした動きに関する「氷山の一角」(米中央情報局関係者)にすぎない。
ホワイトハウスの大統領補佐官から国務長官に転じたライス長官の外交失政の数々を列記した最新刊「The Confidante(自信のある女性)」の中で、ケスラー記者は対北朝鮮融和路線を主導するライス長官についてこう記している。
「(北朝鮮を)孤立させるのか、関与していくのか。そのいずれが正しいのかをライス長官は結局、決められなかったように見える。そして、その結果、北朝鮮への米国のアプローチはいまだに一貫していない」――。
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