73年失そうの渡辺さん 直前に苦悩告白 | trycomp2のブログ

73年失そうの渡辺さん 直前に苦悩告白

 73年に北海道出身の渡辺秀子さんらが失そうした事件で、渡辺さんの親友が、日本テレビの独占インタビューに応え、「北朝鮮に行くのでもう会えなくなるかも」と泣くなど、失そう直前の渡辺さんの様子を語った。

 73年に失そうしたのは、埼玉・上福岡市に住んでいた渡辺秀子さん(当時32)と長女・敬美ちゃん(当時4)と長男・剛ちゃん(当時3)。渡辺さんは失そう直前の73年夏、実家がある北海道・帯広市に親子3人で滞在した際、親友・小田久子さんに「自分の夫が北朝鮮の工作員だ」と告白したという。

 小田さんは10日、日本テレビのインタビューに対し、「『(渡辺さんが)久ちゃんと会えなくなるかもしれないんだ』と言った。『いろいろ世話になったね。実は北朝鮮に行くかもしれない。実はうちのだんな、工作員なんだ』って。『工作員ってエンジニア?』と私が言ったら、(渡辺さんは)あとは何も言わなかった」と話した。

 この1か月後には、渡辺さん親子は音信不通となったが、電話が73年12月末に母親に1度、74年3月10日に小田さんに1度あったという。これについて小田さんは「夜中12時に(渡辺さんが電話で)『もしもし久ちゃん?』と。『秀ちゃんかい?どこからかけてるの、こんな時間に』と言ったら、『福井』と言って、ボーっと汽笛の音が聞こえた」と話した。

 警察当局は、渡辺さん親子は73年9月から都内で監禁された後、電話があった74年3月にはいったん福井県に移され、その後まもなく、渡辺さんは東京都で殺害されたとみている。

 警察当局は、子供2人は74年6月ごろ、福井県から船で北朝鮮に拉致されたものとみて、12日、捜査本部を設置する方針。

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