特集WORLD・深層リポート:金正日訪中の謎 毛沢東の別荘に宿泊? | trycomp2のブログ
隠密の旅だった。特別列車を仕立てた金正日(キムジョンイル)総書記の訪中(10~18日)である。改革・開放のシンボル、中国南部の経済特区を視察したとはいえ、将軍さまは北朝鮮のトウ小平になろうとしているのか?【鈴木琢磨】
10日早朝、金総書記を乗せたとみられるモスグリーンの特別列車が通過した--。そんな中朝国境にある駅での目撃者の一報から、中国大陸を舞台にした追っかけはスタートした。「夕刻、北京に到着する」「中国経由でロシアに向かった」「専用機で上海入りした」。情報は錯綜(さくそう)し、五里霧中のまま時はいたずらに流れた。ついに本人をとらえたのは3日後の13日、日本のテレビ局だった。
すでに金総書記は広東省の広州市にいた。おなじみのもじゃもじゃヘア、ジャンパー姿でホテルを出入りしたり、夜には市内を流れる珠江で遊覧船に乗っている場面までキャッチされた。望遠レンズ越しながら、ソファに座ってご満悦に見えた。その後、一行は経済特区の深センへ向かい、訪中の締めくくりとして北京に戻り、胡錦濤国家主席と会談したのだった。
●血で結ばれた友誼
執念のテレビクルーに追いつかれるまで、金総書記は湖北省の武漢を訪れていた。語るのは中朝関係筋。「11日夜、武漢のホテルに随行員とともに泊まったとされていますが、本人は東湖公園内にある毛沢東の別荘に投宿した、と聞いています。亡くなった父の金日成(キムイルソン)主席も泊まったところです」。毛沢東はここで、洞庭湖で取れる武昌魚を好んで食べた。この別荘は現在、一般公開されているから、立ち寄っただけかもしれない。
19日になって、朝鮮中央通信は武漢で金総書記と会談した黄菊副首相の発言を伝えた。<中朝友好の歴史が秘められている武漢市を訪問したのは、老世代の指導者たちがもたらした両国の友好関係をさらに輝かすことに大きく寄与する>。歴史をひもといてみると、1958年に金日成首相(当時)が足跡を残していた。朝鮮戦争を一緒に戦った中国人民志願軍の撤退完了にともない、「血で結ばれた友誼(ゆうぎ)」を再確認したのだった。
ところで、毛沢東といえば、最近、出版された「中国がひた隠す毛沢東の真実」(北海閑人著、草思社)が面白い。57年以降、毛沢東の旅行は専用列車を利用すると決められていたと紹介されている。<専用列車は毛沢東の食、住、休息から娯楽、会議、舞踏会や京劇鑑賞までできるので、一種の移動行宮となった>。将軍さまの特別列車そのもの。父がまね、それを息子も踏襲しているだけなのだ。飛行機嫌い説はウソである。
●南巡講話
さて、訪中の目的である。武漢→広州→珠海→深セン、その路程は92年にトウ小平が改革・開放を呼びかけた「南巡講話」の視察コースと重なる。金総書記が、その目を見張る成功例から、経済の立て直しのヒントを得ようとしたと考えられる。未確認ながら、宿泊先の広州のホテルでは「北朝鮮の経済開発座談会」も開かれたとされる。
だが、トウ小平流の大胆な政策がとれるものなのか? 実は金総書記は経済特区になったばかりの深センを83年に秘密裏に訪れ、後に内部で「中国の修正主義は堕落した」と批判してもいたからである。
「北朝鮮『虚構の経済』」(集英社新書)の著者、富山大の今村弘子教授は懐疑的である。
「たしかに83年の秘密訪中の翌年、外資導入法を制定したり、01年に上海を訪れた翌年、経済管理措置を発表し、改革に乗り出しはしました。でも、平壌に経済テクノクラートはいるのか? 経済原則を無視していますから、うまくいくはずない。改めて深センへ足を運び、称賛したのは中国の顔を立てるため、ホンネは援助が欲しい。それと6カ国協議で協力を仰ぎたい。中国は北朝鮮崩壊のコストに比べれば、援助のコストの方が安いと考えているのではないか」
おそらく、金総書記はあの因縁浅からぬ地、武漢で、父の代からの中国の恩義に感謝してみせ、さらなる支援を求めたのだろう。
●ロイヤルファミリー
もうひとつ、しきりにささやかれているのが、アメリカによる金融制裁である。マカオの銀行が取引停止となり、平壌への資金の流れがストップしたからだというのである。在日の商工人が明かす。
「痛手になっていますよ。中国に出ている平壌の商社関係者らも責任を追及されますから。彼らは第2経済委員会で、軍の経済を支えているんです。訪中の随行員に軍の最高幹部がいたでしょ。いくら先軍政治だ、と宣伝しても、そのサイフは空っぽなんです。トップの訪中で光が見えたのか、先遣隊として入った商社マンらが深センで宴会をやった、と耳にしました」
だが、別の商工人は金総書記の訪中にはもっとしたたかなウラがあるとも解説した。「マカオに世界の視線を集中させておきたいんです」。どういう意味か? いささかミステリーじみてくるが、それこそまさに金王朝の闇である。
「平壌に流れる秘密資金のルートは四つあるんです。ひとつが最も古いマカオで、これはすでにあきらめざるを得なくなった。あとはイギリス、イタリア、オーストリアです。その管理をしているのはすべて海外に出されたロイヤルファミリーです。ちなみにオーストリアにいるのは金総書記の異母妹です。そこにまで制裁がかかれば、もうお手上げになるんです」
マカオとは目と鼻の先、金融制裁という名の「戦争」の最前線にまで赴いた金総書記は、自らアメリカをあざむくおとりになったというのである。だとすれば、恐るべしである。無事、平壌に帰還したいま、何を思うのだろうか。
MSN-Mainichi INTERACTIVE 北朝鮮
