政府に遺骨返還要求 金英男さん会見 ウンギョンさん途中同席 | trycomp2のブログ

政府に遺骨返還要求 金英男さん会見 ウンギョンさん途中同席

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 【平壌6日共同=磐村和哉】横田めぐみさんの夫だった韓国人拉致被害者の金英男さん(44)が六日、平壌で共同通信など日本メディアと会見し、めぐみさんに拉致の経緯を聞かなかったと述べる一方、日本政府に渡しためぐみさんの「遺骨」について「偽物だというなら返してくれればいいではないか」などと述べ、返還を要求した。娘キム・ウンギョン(ヘギョン)さん(18)も途中から同席した。

 英男さんは六月末に北朝鮮・金剛山で母親と姉に再会、韓国取材団と会見したが、日本メディアとの会見に応じたのは初めて。結婚当時の写真やウンギョンさんが満一歳の時にめぐみさんと三人で撮影した記念写真二枚も公開した。

 英男さんは「遺骨」を職場の事務室に保管していたとした上で「思い出すたび骨つぼを開けて触ったりした」「鑑定で自分や火葬を手伝った人のDNAがなぜ検出されなかったのか、理由を聞きたい」と述べた。

 また、姉の金英子さんは、英男さんが対面の際「遺骨に他人の遺骨が混ざっていたかもしれない」「めぐみは三歳の時に交通事故に遭った」と話していたと明らかにしたが、英男さんはそうした発言を否定した。

 めぐみさんの両親に送った手紙で「一九九三年に死亡」としていたのは「時間がなく、あわてて書いたので日付を錯覚した」「筆跡が公開されるのではないかと思い、関係部門の人に書き写してもらった」と説明した。

 めぐみさんが二十二歳の時に出会ったとし「かわいくてしとやかだった」「日本語を学ぶために知り合って六カ月後にプロポーズし、一九八六年八月に結婚した。私としては幸福だった」と回想。

 めぐみさんはウンギョンさんの誕生を喜び「育てるのに心血を注いでいた」といい「朝鮮語が非常に上手で、結婚生活でもほとんど朝鮮語を使った」と思い出を語った。

 めぐみさんは「父は銀行員で、あちこち転勤があり、広島にもいた」「小さいころ母に弟がほしいと言うと、双子の弟が生まれた」と家族の話もしたという。

めぐみさんと暮らしていたのは「特殊機関が一般的に使う」平壌市順安区域大陽里地区で、日本人拉致被害者の蓮池薫さんや地村保志さんと交流があったという。

 ウンギョンさんは、横田滋、早紀江さん夫妻に「本当に孫娘に会いたければ、こちらに来てください」と平壌での対面を訴えた。

「反感買い、内容変えた」
横田滋さん

 拉致被害者横田めぐみさんの夫だった金英男さん(44)が平壌で日本のメディアと会見し「結婚生活は幸福だった」などと話したことについて、めぐみさんの父横田滋さん(73)は六日、東京都内で記者会見し「今回は家庭生活のこともある程度分かった。前回の(韓国メディアとの)会見と比べると愛情のある表現だと思う」と語った。

 表現が変わった理由については「(前回の会見で)やっぱりめぐみは死んだんだという日本の世論が出ると思ったが何の効果もなく、むしろ日本人の反感を買い、逆効果だと分かったからではないか」とみている。

 金さんはめぐみさんと撮った結婚当時の写真を公開。滋さんは「病気には見えないし、一時的にせよ、幸せな時期があったかもしれない」と穏やかな表情を見せた。

 金さんの会見に同席した孫のキム・ウンギョン(ヘギョン)さん(18)がめぐみさんの思い出を話さないことについて、滋さんは「実際は死んでいないからではないか」と推測。ウンギョンさんから平壌に会いに来てほしいと求められたことには「対面したい気持ちは非常に強いが、めぐみのことがはっきりするまで自重したい」と話した。

 滋さんは、金さんがめぐみさんの「遺骨」を火葬した時期を「一九九七年春」とした点が気になるという。「前は火葬にしたのは埋葬後二年ぐらいと言っていて、一九九四年に死亡したのなら九六年になる。(九七年は)めぐみの拉致が明らかになった時期と同じだから、別人の遺体を焼いてめぐみのものにしようとする意図があったのではないか」と述べた。

【共同】
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