拉致解明どこまで 北朝鮮から渡欧、工作活動 | trycomp2のブログ

拉致解明どこまで 北朝鮮から渡欧、工作活動

 欧州を舞台にしたよど号グループの拉致工作はどこまで解明されるのか。警視庁は十日、ハイジャック犯の妻二人を拉致事件で立件する方針を固めた。一九八〇年に二人に連れ去られたとみられる石岡亨さん=失跡当時(22)=と松木薫さん=同(26)。八八年九月、一通の手紙が札幌市にある石岡さんの実家に届いたことが拉致疑惑発覚のきっかけだった。

 手紙にはポーランドの消印が押されていた。石岡さんが平壌でこっそり外国人に手渡したとみられる。

 「私と松木さん(京都外大大学院生)は、元気です。途中で合流した有本恵子君(神戸市出身)供々、三人で助け合って平壌市で暮らして居ります」「苦しい経済事情の当地では、長期の生活は苦しいと言はざるを得ません」

 手紙には、石岡さんの写真のほか、八三年にやはり欧州で消息を絶った有本さん=同(23)=や赤ん坊の写った写真も同封されていた。

 当時、北朝鮮に亡命したよど号ハイジャック犯に日本人の妻がいることは知られていなかったが、九二年になって妻の存在も判明。石岡さんらがスペインで森順子容疑者(53)や若林佐喜子容疑者(52)とともに行動していたことも分かってきた。

 ハイジャック犯や妻たちが、北朝鮮から欧州に度々渡航して、活動に従事していたことも明らかになった。

 二〇〇二年の日朝首脳会談で、北朝鮮は石岡さんら三人の拉致を認め謝罪。「石岡さんと有本さんは八五年に結婚し女児を生んだが、八八年十一月に石炭ガス中毒で親子三人が死亡。松木さんも九六年に自動車事故で死亡した」と伝えてきた。

よど号事件 1970年3月31日、羽田発福岡行きの日航機「よど号」が赤軍派メンバーに乗っ取られた日本初のハイジャック事件。実行犯は田宮高麿・元赤軍派幹部をリーダーとした9人で、「革命のための国際根拠地をつくる」と主張して北朝鮮に亡命した。当時ハイジャック防止法は制定されておらず、警察庁は強盗致傷容疑で9人を国際手配。ひそかに帰国するなどした2人が逮捕され、田宮元幹部ら3人は北朝鮮で死亡したとされる。

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