北朝鮮から金頼む電話 2児拉致容疑者 | trycomp2のブログ

北朝鮮から金頼む電話 2児拉致容疑者

 北朝鮮による2児拉致事件は、今年初めにもたらされた一つの情報がきっかけで大きく動いた。それは拉致を主導したとして国際手配された木下陽子容疑者(59)と数年前に電話で話したという証言。北朝鮮からの国際電話だといい、今も木下容疑者が北朝鮮にいる可能性が高まった。その2児の母、渡辺秀子さん(当時32)はいまも消息不明。木下容疑者の指示で殺害されたとの情報もある。同級生が語った渡辺さんは子ども思いの優しい母親で、工作員という夫の特殊な仕事に戸惑う妻でもあった。

◇知人証言「数年前まで」

 「数年ほど前まで北朝鮮から電話をもらっていた。金を送るように頼まれたこともある」

 木下容疑者の知人はこう証言した。100万円単位の金をマカオの銀行口座に振り込むよう頼まれたこともあったという。示された木下容疑者の住所は、朝鮮労働党幹部が住むという平壌市の住宅地。警察当局は、行方不明だった木下容疑者の消息を約30年ぶりにつかみ、捜査が大きく動き出した。

 木下容疑者は47年11月、中部地方の在日朝鮮人の家庭に生まれた。上京して私大に進学。在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)傘下で、学生団体の「在日本朝鮮留学生同盟(留学同)」に加わる。

 その後、工作員の活動拠点だった貿易会社「ユニバース・トレイディング」(東京)の設立から役員として参加。留学同には後の配下で、拉致実行役とされる女(55)もいたという。

 当時のユニ社の関係者の供述からは「やり手で気性が激しい」という木下容疑者の姿が浮かぶ。

 渡辺さんの夫が北朝鮮に召還された後、木下容疑者が工作員を束ねる責任者になった。その時に北朝鮮に行き、帰ってくると「党の幹部になった」と言い出した。

 小切手や手形はいつも木下容疑者が切っていた。「銀行との交渉でも一歩も引かず、商売センスと度胸があった」という声がある。木下容疑者から「マンションを担保に金を借りて欲しい」と頼まれた元社員は、断った途端、「もう会社に来るな」と急変した態度に戸惑ったという。

 木下容疑者は何度か北朝鮮に渡っていたとみられ、その際には「コバヤシナナエ」という名前を使った。74年5月に北朝鮮から戻り、監禁していた2児を「本国の指示で北朝鮮に送る」と宣言。6月中旬に北朝鮮へ連れ出したとされる。その前に、何らかの理由で激高し、渡辺さんを殺害させた、と供述するユニ社関係者もいる。警察当局は供述に基づいて捜索したが遺体は見つかっていない。

 77年にユニ社の男と結婚(その後、離婚)して日本国籍を取得。79年5月にウィーンに向かったのが最後の足跡だった。

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