連載【漂揺の30年(3)】「北はうそばかり」 “象徴死亡”で問題幕引き
「(北朝鮮は)うそばっかり言っている。それが明らかになり、あの国の体質が分かってきた」
横田めぐみさん=拉致当時(13)=の母、早紀江さん(71)は今、改めてそう感じている。
《めぐみさんは精神病で自殺した…》
北朝鮮側はこう説明してきたが、それを裏付けるものは、当時の担当医とされる男の「(めぐみさんは)散歩中に目を離した間に、衣類を引き裂いて作った紐(ひも)を使って松の木で首をつった」という“証言”だけだ。
めぐみさんの「死亡台帳」としてきたものは、「入退院台帳」と書かれた上に線がひかれ、書き直されたものだった。しかも、その台帳のめぐみさんのページの通し番号は、別の男性と同じ番号が記されていた。急遽(きゅうきょ)、作ったものだったことは明らかだ。
こうした矛盾を追及した日本政府に対し、北は「事務的なミス」「慌てて作ったもので正確ではなかった」とあっさり認めた。
めぐみさんの「死亡」については、つじつま合わせも目立つ。
韓国人拉致被害者で、めぐみさんの元夫、金英男氏は当初、日本政府調査団に、めぐみさんの両親にあてた手紙を託した。《1993(平成5)年、突然病気でめぐみを失った》。
ところが、帰国した拉致被害者らが「94(同6)年まで平壌でめぐみさんを見たという話を聞いた」と証言すると、北はそれに沿うように「死亡は94年4月」と訂正。金氏もその後、「思い違い」として訂正した。
極めつきは「遺骨」だった。通常の火葬時よりはるかに高温の1200度で焼かれ、形も判別できないほど粉々に砕くなど入念な細工が加えられていた。捜査関係者は「明らかに鑑定不能との結果を狙ったものだった」と話す。鑑定ができなければ、「死亡」というイメージがじわじわと広がっていった可能性もある。
だが、北の狙いに反し、日本側のDNA鑑定の技術は「別人2人の骨を混ぜたもの」との結果を導き出した。それでもなお、北は金氏に「墓を掘り起こして火葬した。遺骨が偽物なら私に返せばいい」と繰り返させる。
「おじいさん、おばあさんが元気でいるか心配。私は学生だから(日本に)行くことはできない。(北に)必ず来てくれると思っている」
めぐみさんの娘、キム・ヘギョン(ウンギョン)さんは、日本の民放テレビなどのインタビューで涙を交えて話したこともあった。めぐみさんの両親の訪朝を促す演出。「罠(わな)」だった。
めぐみさんの父、滋さん(75)は家族会の代表。北は滋さんと早紀江さんが訪朝し、ヘギョンさんと涙の面会をすれば、拉致問題追及のトーンは弱まると踏んだ。滋さんの心は揺れた。だが、ほかの家族らの説得で思いとどまった。
「あの子が言っていることが、めぐみのメッセージなのかと思い揺らいだこともあった」。早紀江さんはそう振り返る。
帰国した被害者5人が当初、めぐみさんに関する情報だけを積極的に話していた。北が「めぐみさんについては、話してもよい」と指示していた様子が浮き彫りになる。
「滋さんと早紀江さんを北へ招き、ヘギョンさんの口から『母は死んだ』と言わせる。拉致問題の『象徴』であるめぐみさんを『死亡』したことにすれば、問題全体の幕が引けると考えた謀略だった」。支援組織「救う会」の西岡力副会長はこう断言する。
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