脱北者が約40年前に失跡した日本人男性とみられる人物をピョンヤンで目撃したと証言 | trycomp2のブログ

脱北者が約40年前に失跡した日本人男性とみられる人物をピョンヤンで目撃したと証言

脱北した元北朝鮮労働党関係者が、1967年に失跡した日本人男性とみられる人物をピョンヤンの病院で目撃したと証言し、特定失踪(しっそう)者調査会が急きょ会見を開いた。
1967年に当時22歳で失跡した日高信夫さん。
FNNの取材に対し、元北朝鮮労働党関係者は「ピョンヤン印刷工場の設計技師だと自己紹介していました。彼は胃が悪くて入院していました」と話した。
元北朝鮮労働党関係者は、日高さんと思われる男性と12年前にピョンヤン市内の病院で会ったと驚くべき証言をした。
東京で印刷工の仕事をしていた日高さんは、「大阪で新しい仕事が決まった」との言葉を残し、上野駅で友人と別れたあと、行方がわからなくなっている。
元北朝鮮労働党関係者は「いつも本を読んでいて、話すことは少ないのですが、読んでいた本は日本語で書かれた技術書でした」と話した。
この情報について、日高さんの弟・万亀男さんは「(兄は)あんまりおしゃべりな方じゃなかったですね、まあ本を読むのは好きでしたね」と話した。
今回の新情報を受け、特定失踪者調査会が急きょ会見を開いた。
特定失踪者調査会は、会見で「(その人物の特徴として)背が低いこと、大体160cmより低い感じだったということですね。それからまゆ毛が非常に濃い」、「日高信夫さんの写真を見て、『この人によく似ている』と」、「北朝鮮で偽札を作るために必要な技術を入手するプロセスと一致しているのではなかろうかというのが、専門家の方の見解であります」と述べた。
北朝鮮は過去、偽札作りにかかわらせるため、日本人印刷工の拉致を目指していたとの疑惑が持たれている。
遠く離れたピョンヤンで、日高さんはお袋の味、そして日本への思いを日々募らせていたのか、元北朝鮮労働党関係者は「(日高さんとみられる男性と)健康のことを話す中で、自然と日本の食べ物のことが出てきた」と話した。
万亀男さんは「兄貴だったらいいなあと。本人であれば、会えるもんなら1日も早く会いたい」と話した。
FNN Headline