【正論】初代内閣安全保障室長・佐々淳行 許しがたい領事館員の自殺事件隠し | trycomp2のブログ
今こそ内閣中央情報局の創設を
≪国民不在の不遜なる発言≫
上海日本総領事館の電信官が総領事館内で縊死(いし)したことが一年半も経(た)ってから明らかになった。遺書によると、中国公安当局のワナに陥ち、女性問題をネタに、秘密情報の提供を迫られ、自らの死を以てこの問題に決着をつけたのだという。
諜報(ちょうほう)活動の世界ではよくあることとはいえ、亡くなられた電信官には心から弔意を表する。だが、問題は、この事実が週刊誌にスクープされるまで外務省が官邸に報告しなかったことである。
事実が明るみに出た後の記者会見で安倍晋三官房長官は、「事件発生当時、(外務省から)官邸には報告はなかった」と不快感をにじませた。小泉総理も、このことを知って激怒したという。
一方、鹿取克章外務報道官は、「外務省の責任において対応することを決定したので、首相官邸へは報告しなかった」と記者会見で語り、現地調査をした上で当時の上海杉本信行総領事が中国外務省に抗議している旨の説明をしている。外務大臣名での抗議はなかったようだ。
これに対し、当時の外相だった川口順子参議院議員は、「コメントは一切差し控えたい」という談話を発表した。冗談ではない。国民の「知る権利」を無視する外務省至上主義の僭越(せんえつ)といってよい行為である。マスコミもだらしがない。そう言われて引き下がったのだろうか。
議院内閣制において、行政の最高責任者は内閣総理大臣である。「外務省の責任において対応」とは、総理大臣不在、国民不在の不遜(ふそん)な発言である。外務省は、“無責任官僚内閣制”時代の終熄(しゅうそく)が、まだ分かっていないらしい。
明治維新以来、太平洋戦争まで、官僚機構、とくに内務、外務、大蔵の三省は、陸海軍に対して「天皇の股肱(ここう)」としての三大天下国家官庁といわれ、「国家の藩屏(はんぺい)」であることを誇りにしてきた。
このうち、敗戦で内務省は解体され、戦後五十年経って、日本を支配した大蔵省もまた、その傲(おご)り故に自滅し、いま外務省も「藩屏」どころか、改革を邪魔するだけの「壁」に成り果てた。
≪再検討すべき後藤田構想≫
中国の反日運動、北朝鮮の拉致問題など「外務省の責任において対応することを勝手に決定」することは官邸も国民も許さない。
対中国ODA(政府開発援助)問題もそうである。いまやGDP(国内総生産)は日本に迫り、貿易総額三兆ドル、外貨準備高九千四百億ドルと日本を凌(しの)ぎ、経済成長率は連続二桁、軍事費も毎年10%増大し、世界で三番目の有人宇宙飛行を成功させた中国に、なぜ毎年一千億円のODAを続けなければならないのか。
「外務省の責任において」決定したのなら、納税者である日本国民が納得するよう、「説明責任」を果たすべきであろう。それとも「コメントは一切差し控える」で押し通す心積もりなのか。
故後藤田正晴氏は「外交一元化」の名の下での外務省の情報の壟断(ろうだん)を憂え、橋本行革の折、「内閣中央情報局」の設置を真剣に検討した。内閣情報調査室と外務省情報調査局、公安調査庁、警察庁警備局国際外事部、防衛庁情報本部など政府情報を統合し、総理、官房長官直属の機関にするというものだ。人員も総定員法の枠内で、公安調査庁二千人の公安調査官の定員を一部転用して内閣に設置するという考えだった。
紆余(うよ)曲折を経て、結局、この構想は日の目を見なかったが、今また、上海総領事館の館員自殺事件を目の当たりにし、日本の安全は外務省に託すことはできないと、心ある国民の多くが感じているに相違ない。政府系金融機関の統合などより、もっと大事な統合だと思う。
≪官邸の決断で実現は可能≫
各省庁から外務省に出向し、海外でそれぞれの分野で情報活動を行っている役人たちには、極めて優れた人材が多い。
だが「外交一元化」の名の下に彼らの情報は一元的に外務省に報告することを義務付けられている。直接、自分の所属官庁に報告したり、総理官邸に飛び越し報告をすることは許されていない。これでは、『情報天皇に達せず』(細川護貞著)ならぬ「情報総理に達せず」である。
例えば、警察庁警備局国際外事部は全世界九十五カ国に約二百人の情報官、警備官を配置している。彼らと約四十カ国に派遣されている防衛駐在官(警備官を含む)約八十人を基軸にすればよい。
「内閣中央情報局」は夢物語ではない。総理、官房長官の決断さえあれば、明日にも実現可能な構想なのである。(さっさ あつゆき)
Sankei Web 産経朝刊 正論(01/23 05:00)
