元日本人妻:脱北後再び北朝鮮に 「薬を送ってほしい」支援者と月1回電話、続く連絡 | trycomp2のブログ
脱北して03年に43年ぶりに日本に帰国しながら、2年後に再び北朝鮮に戻った元日本人妻が、国内で支援に当たった国会議員の秘書と連絡を取り続けている。月1回のやり取りは、今月で20回となった。近況報告のほか、女性が「薬を送ってほしい」と求めることも多く、電話は今も無事に暮らしていることを伝える唯一の手段となっている。【工藤哲】
この女性は平島筆子(ふでこ)さん(69)。59年に帰還事業で在日朝鮮人の夫と北朝鮮に渡った。夫はその後、当局に連行され消息不明になり、02年に子供や孫を残して脱北、翌年日本に帰国した。
日本で支援に当たったのが、平島さんが住んだ東京都葛飾区を地元とする衆院議員の平沢勝栄氏の事務所だ。しかし、北朝鮮から手紙などで届く子供たちの声に心動かされ、アパートを引き払い05年4月に中国・北京の北朝鮮大使館を経て北朝鮮に戻った。
平沢事務所に平壌市内の電話局からのコレクトコールで平島さんから電話がかかってきたのは06年8月。翌月には「平壌市内の新しいアパートに家族6人で暮らしている」と近況を伝えてきた。
それ以降、毎月連絡する日を決め、平島さんは電話局で、電話がかかるのを待ち続けるという。会話は、家族の様子など近況報告が中心。最近では15日に15分ほどがあった。
予定していた日に平島さんが電話局に来ていなかったのは、先月を含めてこれまで2度だけだ。体調不良などが理由で、いずれも次回に無事につながっている。平沢氏の秘書の沖見泰一(ひろかず)さん(54)は「平島さんが健在であることが確認できるだけで、意味がある」と話している。
■15日の主な会話(敬称略)
秘書 先月は電話がつながらず心配していました。
平島 胃けいれんで入院していた。
秘書 金正日総書記の誕生日(2月16日)だが。
平島 街はにぎやか。店でいろいろ出してくれる。船(万景峰号)はどうなんでしょう、今年は?
秘書 制裁で止められている。平壌の米国のオーケストラ公演(26日)は知っている?
平島 よく分からない。
秘書 生きているうちに里帰りで(日本に)戻る役目があるから元気で頑張らないと。
平島 コメの配給はもらっている。正露丸、ノーシン、ビタミン剤がなくなったので送ってほしい。
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■ことば
◇帰還事業と日本人配偶者
日朝の赤十字の共同事業で、祖国建設などを目的に1959~84年、在日朝鮮人ら計約9万3000人が北朝鮮に渡った。うち日本人配偶者は約1800人で、97、98、00年の3回にわたり、43人が一時帰国した。90年代以降、脱北した元在日朝鮮人や日本人配偶者らが非公式に日本に帰国している。これら脱北帰国者は約160人とされ、平島さんのほかに元在日朝鮮人の女性が07年に北朝鮮に戻っている。
毎日新聞 2008年2月16日 東京夕刊
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