保護の4人「自由求めて来た」 小船、日本海9百キロ余 | trycomp2のブログ

保護の4人「自由求めて来た」 小船、日本海9百キロ余

 屋根もなく、幅が2メートルもない。5日余り日本海を渡って北朝鮮東北部から900キロ余を逃げてきたとみられる家族4人が乗っていたのは、「船」というよりは「小舟」だった。「よくもあんな粗末な船で、日本海を」。港へ誘導するヘリコプターの音に目を覚ました住民らは、半信半疑。どうやって海を渡って来たのか。どこで暮らしたいのか。本格的な確認はこれからだ。

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 「不審な船と人がいる」。青森県の深浦港付近の釣り人から110番通報があったのは、2日午前4時10分ごろだ。

 「武装しているかもしれない。近づくな」

 県警鰺ケ沢署から一報を受けた深浦漁協は、組合員に連絡した。

 すぐに県警や海上保安庁のヘリが出動。上空からスピーカーを使い、船を港に誘導した。

 5時半ごろ、港の沖合約2キロで漁をしていた漁業の島元武雄さん(71)は、黒ずんだ船の上に人影が動くのを見た。

 ヘリの音で港周辺の住民も目を覚まし、港に集まってきた。

 中川仁三郎さん(80)は、脱北者の家族がそれぞれポケットから名刺大の紙を取り出し、警察官に見せるのを見た。北朝鮮の公民証のようだった。まもなく別の警察官が携帯電話で連絡。「脱北者だ。確保した」

 船は木製で、黒っぽく、長さ7.3メートル、幅1.8メートル。屋根もない。

 入港を目撃した漁師(59)には油の入ったプラスチックのタンクと小さなエンジンが見えた。「お粗末な船だった。よくあれで来たもんだ」。鉄工所の男性(35)には、昔の小型農業機械のエンジンのように見えた。

 漁協などによると、船にはソーセージなど食料の入った一抱えほどの麻袋2個と3~4メートルの木製オール。衣類も。船尾に海水が入ってくるようで、男性がしきりに水をかき出していたという。

 こんな小舟で長距離の航海は難しそうだとして、「沖合に母船がいるのでは」との見方が一時、出た。県警や海保がヘリや船を出したが、それらしい船はなかった。

 船が接岸した際、船内の女性がフラフラと座り込んだ。「船に長いこと乗っていると足腰が立たなくなる」。ある漁師は思いやった。

 4人は岸壁にかけられたはしごを登って魚の荷揚げ場前に上がった。

 漁協の女性職員がコップの水とペットボトルのお茶、ドーナツを差し出すと、4人はややためらった後、コップに手を伸ばした。船ではパンや飲み物を口にしていた。

 「アボジ(父さん)」

 「オモニ(母さん)」

 兄弟とみられる若い2人が言うのが聞こえた。近くでは、父親と見られる男性がしゃがみ込んでたばこを吸っていた。

 「北朝鮮から自由を求めて、1週間ぐらいかかってやって来た」。通訳が捜査員に伝えていた。

 県警は3日も、4人から今後どこで暮らしたいかなどを聴く予定だ。

    ◇

 なぜ、青森県に無事到着したのか。

 4人は「27日夜に清津付近から出航した」と県警に供述している。清津から深浦港までは直線距離で約900キロ。27日に出航したならば、屋根もない小さい木造船で、5日余りかけて、日本海を渡ってきたことになる。

 船は小型エンジン2基を載せ、うち1基でシャフトを通じて小さなスクリューを回す簡単な構造。目撃男性(35)も「よくこんなので」と驚くほどで、海が荒れれば転覆して、4人とも命を落とす危険性があった。

 幸いにも、ここ数日の日本海は波が穏やかだった。日本海は冬は北西季節風、春は発達した低気圧でしけになることがあるが、今の時期から夏は比較的穏やかで、気温も春先より高い。こうした気象条件にも恵まれ、4人は比較的元気なままだったとみられる。

 一方、4人は港で釣り人に「新潟、どこ」と尋ねて、南に再出航しようとしたとされることから、新潟を目指しながら、日本海を北に流れる対馬海流に流されてきた可能性がある。海上保安庁によると、ここ数日、同海流は時速1~3キロほどで対馬海峡から新潟沖を通って青森・津軽海峡方面に流れていた。

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