寺越事件44年 『解決を』静かな祈り | trycomp2のブログ

寺越事件44年 『解決を』静かな祈り

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家族ら福浦港に花束

 一九六三(昭和三十八)年に志賀町出身の寺越昭二さん=当時(36)=ら三人が日本海に漁に出たまま行方不明となった「寺越事件」から四十四年目を迎え十三日、寺越さんの家族や拉致被害者を支援する「救う会石川」のメンバーが、寺越さんが最後に出港した志賀町福浦港の小福浦海岸で花束を手向け、拉致問題の解決を祈った。 (小塚泉)

 長男昭男さん(57)と、三男内田美津夫さんの妻よう子さん(52)、救う会石川の大口英夫事務局長、金子吉晴幹事の四人が海岸を訪れ、沖合に向けて手を合わせた。

 昭男さんは一年三百六十五日、拉致問題のことを考えない日はなく、拉致問題に関する報道に「一喜一憂する日々」。毎年「今年こそ解決してほしい」という気持ちで節目の日を迎えるという。よう子さんは「一日も早い解決をお祈りするしかありません」と話し、大口事務局長は「閉塞(へいそく)感を打開するため、原点に立ち返り、県民運動として盛り上げていくことを考えないといけない」とした。

 寺越昭二さんら三人は六三年五月、漁船「清丸」で弟の外雄さん=当時(24)=、おいの武志(たけし)さん(57)=平壌在住=と出漁した。北朝鮮側は海難事故に遭って漂流していた三人を救助したと主張し、昭二さんと外雄さんは北朝鮮で死亡したとしている。

 家族会と救う会は、漁船が見つかった五月十二日を「寺越事件の日」として、毎年集会を開いてきたが、今年は能登半島地震の被災地に近いことから、集会は取りやめ静かに祈った。

中日新聞:寺越事件44年 『解決を』静かな祈り:石川(CHUNICHI Web)