【政治】拉致で動く米の思惑 | trycomp2のブログ

【政治】拉致で動く米の思惑

上杉隆(ジャーナリスト)

 「毎日、聖書の上に手を置き、祈っている。めぐみさんが無事に帰ってくるよう、共に祈りたい」

 4月28日、ブッシュ米大統領は、同じクリスチャンでもある、拉致被害者横田めぐみさんの母早紀江さんを前に、こう語った。

 今回の面会実現は、大統領の親友でもあるシーファー駐日米大使の存在を抜きにして語ることはできない。3月、大使は新潟のめぐみさん拉致現場を視察し、直後、大統領に拉致問題の重要性を訴えた。安倍晋三官房長官の働きかけもあったのだが、背景には、米国の極東戦略の裏事情が見え隠れする。

 昨年来、米国は「北朝鮮はドルを偽造している」(ブッシュ大統領)として、金融制裁を発動してきた。「スーパーノート」と呼ばれる偽百ドル札の押収を進める一方、金正日総書記の個人資産を預かっているとうわさされ、マネーロンダリングの温床ともなっていたマカオの銀行との取引も停止した。

 この断固たる処置は、北朝鮮を慌てさせた。国家経営の大部分をブラックマネーに頼っている金正日政権としては、「制裁」はなんとしても避けたいところだったからだ。

 北朝鮮の核をめぐる6者協議の北朝鮮代表、金桂寛外務次官は、4月の来日時にも「制裁を解除しなければ、核開発を協議しない」と揺さぶりをかけていた。だが、米国の態度に変化はない。むしろ、米国代表のヒル国務次官補が追加の経済制裁発動をにおわし、さらにスティーブ・チャボット米下院議員は、早紀江さんの訪米に同行した拉致議連の古屋圭司・事務局長に向かってこう迫っている。

 「我々はやっているのに、なぜ日本は北朝鮮に経済制裁をしないのか」

 日本政府は既に、北朝鮮をねらい撃ちにした改正外為法などの制裁法を成立させているが、小泉首相は依然発動を見送っている。確かに「制裁」は、一国が単独で行っても効果的とはいえないかもしれない。03年、筆者は訪朝してNGOの食料支援のスクリーニングに同行したが、特権階級だけが潤うような経済援助が、北朝鮮に対してはほとんど無意味であることを痛感した。日本だけが制裁を科しても、必ず抜け道を探して生き延びる。金正日が頂点に立つ北朝鮮とは、そうした国だ。

 だが、複数の国家が連携すれば、事情は異なる。「制裁」は「封鎖」に変わり、強力な武器になるかもしれない。とりわけ、金正日総書記が最も恐れる米国がその先頭に立てば、これまでは「制裁」の抜け道となっていたとされる中国も容易には手を出せない。

 拉致は、米国にとっても極東戦略上の新たな意味を持つ。この問題を取り上げることで、人権問題に絡めて中国を牽制(けんせい)する狙いもあるからだ。

 日米関係を誰よりも重視する小泉首相が「制裁」への決断をするならば、今をおいて他にないのではないだろうか。
asahi.com :読み・解く - be-business