民団・総連 和解声明から間もなく1カ月 | trycomp2のブログ

民団・総連 和解声明から間もなく1カ月

 在日本大韓民国民団(民団)と在日本朝鮮人総連合会(総連)が、和解をうたう突然の共同声明を発表してから間もなく1カ月になる。半世紀にわたる対立の歴史に終止符が打たれるはずが、民団地方本部の反発で雲行きが怪しくなっている。「共同声明は歓迎するが、本当に和解は実現できるのか」。県内の両団体も中央の動きを注意深く見守っている。
(吉野慶祐)

 「今からでも遅くはない。民団は約束を守って祝典に参加してほしい」。総連県本部の金晋坤(キムシンコン)委員長(79)は5日、残念そうに注文をつけた。

 民団と総連は5月17日、「反目と対立を、和解と和合に転換させる」とする共同声明を発表。その柱の一つに、00年の南北首脳会談6周年を記念し、14日から韓国で開かれる「6・15民族統一大祝典」への参加があった。しかし、民団は6月1日、地方本部の反発を理由に参加を断念した。

 和解への歩みが早くもつまずいたことに、民団県本部の高正基(コウジョンギ)事務局長(65)は「ぬか喜びだったのか」と肩を落とす。

 地方本部の反発には、中央主導で進められた和解への不満が背景にある。大分県本部は「執行部の一部で決められ、民団員の意見を集約していない」、佐賀県本部も「和解実現の動きは評価するが、地方への説明が不十分だ」とする意見書を執行部に出した。千葉県本部は「組織内に責任ある説明ができない。共同声明は白紙撤回すべきだ」と強硬姿勢だ。

 民団県本部は意見書こそ出していないものの、他県と同じく中央の動きに振り回されてきた。

 共同声明は「歓迎すべきこと」と喜んだ。しかし翌日、民団がそれと引き換えに脱北者支援事業の中止など3条件を受け入れた、との一部報道に接し、「話が変わってきた」と態度を留保。5月23日に宮崎市であった九州・沖縄各県本部幹部の集会では、中央本部から駆けつけた河丙諐(ハビョンオク)団長が「そのような裏取引はない」と否定した。

 民団県本部は現在、「河団長の説明を信じるしかない」と、再び和解を歓迎する姿勢に転じつつある。12日に開かれる各地方本部の団長会議で執行部の説明を聞き、13日の県本部役員会で県としての姿勢を固める。

 今回の足踏みは、両県本部の今後に微妙な影を落としている。共同声明に記されたもう一つの行事、植民地支配からの解放を祝う「8・15記念祝祭」の共催への影響だ。

 これまで両県本部は、8月15日の記念式典をホテルなどで別々に開いてきた。共同声明発表を受け、民団県本部は式典の共催を総連県本部に呼びかけたい考えだ。

 しかし、総連県本部の金委員長は「まだ先のことで何とも言えない。6・15の約束をほごにされては、応じられるかどうか」と慎重な構えだ。

 両団体には路線の違いがある。例えば、民団県本部は県議会に、永住韓国人の地方参政権確立を国に求める意見書を採択するよう訴えてきた。民団中央本部によると、47都道府県で未採択なのは宮崎を含む11県。民団県本部は9月議会にも陳情書を提出する方針だ。

 一方、総連県本部は「朝鮮人が日本の政治に参加すれば内政干渉にあたる」と、参政権を求めていない。

 両団体は一切の交流がなかった。ともに「うちは交流を呼びかけたが、相手が応じなかった」と説明している。

 とはいえ、共同声明で隔たりが縮まったのも確かだ。民団県本部の高事務局長は「和解の機運を何とか生かしたい」と話し、総連県本部の金委員長も「融和を進めたい気持ちに変わりはない」。期待と不安をもって、中央を見つめている。
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