山崎氏の最後のひと花 | trycomp2のブログ

山崎氏の最後のひと花

政治部 坂口幸裕(1月22日)

 風車、風の吹くまで昼寝かな――。戦前に首相を務めた広田弘毅が外交官時代、オランダ公使に左遷されたときに詠んだ句だ。

 広田と同じ福岡県出身の山崎拓氏は苦境に立つたびに、この句を口ずさんで自らを鼓舞してきた。盟友の小泉純一郎氏に引き立てられ、自民党の幹事長や副総裁を歴任したものの、中国などとの間合いの取り方を巡り徐々に関係が悪化。小泉政権での最後の人事だった2005年秋の内閣改造で山崎派は閣僚どころか副大臣までゼロだった。

 このときもこうつぶやいた。「今は昼寝中や」。

 党内では、昨年12月に古希を迎えた山崎氏を「もはや過去の人」とみる向きが少なくない。山崎派にも「そろそろ派閥会長の座を後継に譲るべきだ」との声がある。だが、本人はまだ退く気はない。「最後にもうひと花咲かせるまで政治家を辞められん」。周囲にはこう語る。

 「復党組11人のうち5、6人は我が派に入るよう努力中や。必ず入れてみせる。反対の者はおるか」。昨年12月5日夜、東京・赤坂の日本料理店「球磨川(くまがわ)」。山崎氏は黒糖焼酎「里の曙」のお湯割りを口にしながら、同席していた保岡興治事務総長や中堅議員らに問うた。出席者の1人は「派閥拡大にこれだけ汗を流しているのに会長職を譲るなどあり得ない」という意味だと受け止めた。

 山崎氏の政治手法の特色はよくも悪くも融通無碍なことだ。仲違いしたと思われていた小泉氏と昨年末に2回も酒を酌み交わした。山崎派を離れて小泉チルドレンとの新派閥を旗揚げするとの見方もあった武部勤前幹事長とも何となくよりを戻した。小泉氏は山崎氏との関係を「何を考えているか分からないから続くんだ」と解説する。

 もちろん考えていることはある。山崎氏が「最後のひと花」と見据えているのは、北朝鮮との国交正常化だ。今月9日から13日まで急に訪朝。圧力路線をとる政府の非難を無視するかのように、「対話の窓口が必要」と言い放った。

 加藤紘一氏らと一緒に以前から日朝関係改善に取り組んできた山崎氏だが、2002年の電撃訪朝で世界を驚かせた小泉氏と連携しているとなれば、北朝鮮だけでなく、日本国内に向けても発言が重みを増す。目立った成果がなかった訪朝後も「今回は第1段階で、いずれ必ず功を奏する」と語り、小泉氏の3度目の訪朝の可能性をほのめかすのは、北朝鮮と小泉という2つのカードを絡めることで切り札としての威力がさらに高まることを意識しているからだろう。

 昨年9月の党総裁選への出馬を断念した際、山崎氏は強調した。「他日を期したい」。今年の元日には自身のホームページで、新年の抱負について「行動力発揮」と書いた。安倍内閣の支持率低下を横目に、「最後」の勝負に打って出ようとしている。

NIKKEI NET:風向計