金さん父娘会見、めぐみさんに拉致経緯聞かず | trycomp2のブログ

金さん父娘会見、めぐみさんに拉致経緯聞かず

≪「他人の遺骨」発言否定≫

 【平壌6日共同】横田めぐみさんの夫だった韓国人拉致被害者の金英男さん(44)が6日午前、平壌で共同通信など日本メディアと会見し、めぐみさんに拉致の経緯を聞かなかったと述べる一方、めぐみさんの「遺骨」に「他人の遺骨が混ざっていたかもしれない」と発言したとされることを否定。めぐみさんが「3歳の時に交通事故に遭った」と述べたとされることについても「交通事故なのか何なのか記憶にない」と否定した。

 英男さんは6月29日に北朝鮮・金剛山で行われた南北離散家族再会で母親と姉に対面、韓国取材団と会見したが、日本メディアとの会見に応じるのは初めて。娘、キム・ヘギョンさん(18)は途中から同席した。

 めぐみさんを火葬しようとしたのは「1997年春ごろ」とし、めぐみさんの両親に送った手紙で「1993年に死亡」としていたのは「時間がなくて、あわてて書いたので日付を錯覚した」「一度は自分で書いたが、筆跡が公開されるのではないかと思い、関係部門の人に書き写してくれと頼んだ」と述べた。

 英男さんは、めぐみさんが22歳の時に出会ったとし「かわいくてしとやかだった」「日本語を学ぶために知り合って6カ月後にプロポーズし、1986年8月に結婚した。私としては幸福だった」と回想した。

 めぐみさんは日本料理を作り「父は銀行員で、あちこち転勤があり、広島にもいた」「小さいころ母に弟がほしいと言うと、双子の弟が生まれた」と家族の話もしたという。

 めぐみさんはヘギョンさんが生まれて喜び「育てるのに心血を注いでいた」といい「朝鮮語が非常に上手で、結婚生活でもほとんど朝鮮語を使った」と述べた。

 しかし「特殊機関の人間として守らなければならないルールがある」ため、めぐみさんがいつどうやって北朝鮮に来たかは聞かず、夫婦間で話題にもならなかったと語った。

 めぐみさんと暮らしていたのは「特殊機関が一般的に使う」平壌市順安区域テヤンリ地区で、日本人拉致被害者の蓮池薫さんや地村保志さんと交流があったという。



 【平壌6日共同】横田めぐみさんの夫だった金英男さんが6日、共同通信などとの会見で語った内容は次の通り。

 一、めぐみの第一印象は非常にかわいく、しとやかだった。めぐみが22歳の時に日本語を学ぶため出会った。6カ月後にプロポーズし、1986年8月に結婚した。

 一、結婚生活は私としては幸福だった。めぐみは心を尽くして日本料理を作ってくれ、家族の話もした。結婚して最初の大みそかの夜、めぐみが赤ぶどう酒を買ってきて、部屋の明かりを消し2人で飲み交わした。

 一、父は銀行員で、小さいころ、母に弟がほしいと言ったら双子の弟が生まれたと言っていた。

 一、めぐみは娘のウンギョン(ヘギョン)が生まれて喜び、心血を注いで育てた。

 一、めぐみは朝鮮語が上手く、結婚生活ではほとんど朝鮮語を使った。

 一、特殊機関の人間が自覚的に守らなければならないルールがある。その人間の過去を聞かず、知ろうともしないことだ。めぐみが北朝鮮にいつどうやって来たかは聞かず、めぐみも話そうとしなかった。話題にもならなかった。

 一、結婚生活は特殊機関が一般的に使う平壌市順安地域テヤンリ地区で、蓮池薫さんや地村保志さんとも交流があった。

 一、めぐみを火葬しようとしたのは1997年春ごろと思う。安置した場所に頻繁に行けなかったし、ウンギョンに新しい母を見つける必要があったからだ。

 一、めぐみの「遺骨」に「他人の遺骨が混ざっていたかもしれない」というのは、そんな意図で発言したものではない。

 一、(横田めぐみさんが話したとされる交通事故について)頭痛がするのは小さい時のけがだと聞いていたが、それが交通事故なのか何なのかは記憶にない。

(07/06 12:39)
Sankei Web 社会 金さん父娘会見、めぐみさんに拉致経緯聞かず(07/06 12:39)