めぐみさん、あす41歳誕生日 「希望捨てないで」 | trycomp2のブログ

めぐみさん、あす41歳誕生日 「希望捨てないで」

 拉致被害者の横田めぐみさん=拉致当時(13)=はあす五日、四十一回目の誕生日を迎える。めぐみさんの北朝鮮での生活については、ほかの拉致被害者の証言から、拉致翌年からの数年間、曽我ひとみさん(46)と同居していたことなどが伝えられているが、最近になり、「日本人工作員村」で暮らしていたことなど、次第に詳細な部分が明らかになった。日朝政府間協議が月内にも行われる方向で調整が進むなか、めぐみさんの父、滋さん(72)と母、早紀江さん(69)は、産経新聞の取材に応じ、「もっといろんな手段を講じてほしい」と次回日朝協議への期待を語った。

 「めぐみさんは、私たちが住んでいたチュンリョン里の山間にある招待所で暮らしていました」

 拉致被害者の蓮池薫さん(48)らは、横田めぐみさんの両親、滋さんと早紀江さんに昨年以降、こう打ち明けていた。

 その証言によれば、平壌の南東約二十キロにあるとされるチュンリョン里の招待所には一号から七号まで、七つの一戸建て住宅が互いに見えないように建ち、「日本人工作員村」と呼べる集落だった。

 この招待所にめぐみさんは昭和五十九年に入居した。

 一号の蓮池さん夫妻のほか、地村保志さん(50)、富貴恵さん(50)夫妻も七号に、めぐみさんは三号に入居したが、その際、田口八重子さん=拉致当時(22)、女性工作員との三人で同居し、この女性工作員に日本語を教えていた。

 また二号にも、蓮池さんが教育を担当していた別の工作員が住んでいたという。

 北朝鮮に拉致された後のめぐみさんの生活についてはこれまで、拉致翌年の五十三年八月から五十五年まで、平壌市内で曽我ひとみさんと同居していたことが分かっている。

 曽我さんは、五十三年八月十八日にめぐみさんと初めて会った際の印象を「にっこりと迎えてくれた」と、滋さんらに伝えたという。

 この間、めぐみさんは、同じく拉致被害者の原敕晁(ただあき)さん=同(43)=の拉致に関与したとされる工作員、辛光洙容疑者から朝鮮語や朝鮮史、物理や数学の教育を受けていたことが判明している。その後、六十一年以降も平壌市内で生活していたが、北朝鮮側は「平成六年四月、死亡した」と伝えてきている。

 めぐみさんが入居した翌年の昭和六十年、被害者らは、この集落から全員、別の集落に移るよう指示される。

 このとき転居した先でも、当初、めぐみさんは田口さんと同居。地村夫妻が入居していた四号をはさんで五号には、後にめぐみさんと結婚する工作員、キム・チョルジュン氏が住んでいた。

 その後、田口さんが入院すると、キム氏がめぐみさんのもとに通い詰め、日本語などの教育を受けるようになったという。

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 ≪横田夫妻 世論背景に交渉を/首相は気概示して≫

 --めぐみさんの四十一歳の誕生日が近づいていますが

 滋さん「私たちのイメージは中学一年の時のイメージしかなくて(北朝鮮側から)写真が三枚出てきたんですが、二十歳以降の写真はあまりめぐみという感じがしない」

 --大人になってからのめぐみさんはあまりイメージできないということですか

 早紀江さん「どんなになるかというイメージはなかったですからね。めぐみに間違いないとは思いますが…。四十歳までにはなんとか帰ってきてほしいと言い続けていたんですが、やっぱり駄目でしたね」

 --帰国した拉致被害者らの証言で、めぐみさんの北朝鮮での暮らしぶりが少しずつ分かってきています

 早紀江さん「つらいです。後からどんどん出てくるといろいろ考えますから。前からどうなんだろうと思っていたことが、やっぱりこうだったということになると、いつまでもそういうことをひきずって苦しんでいかなければいけない」

 --今月中にも日朝政府間協議が再開される方向で進んでいますが

 滋さん「今回は国連の後押しもある。国際世論がこうなんだからということを背景に交渉してほしい」

 早紀江さん「佐々江(賢一郎外務省アジア大洋州局長)さんは前向きに一生懸命やってくださる人ですし、できるかぎりのことを頑張ってくださると信じている」

 --先の総選挙では自民党が圧勝した。小泉純一郎首相への期待は

 滋さん「やる気になれば何でもできるわけで、施政方針演説では外交問題のうち『拉致』と『核』は一回言っただけだった。郵政の問題があるとはいえ、もっと拉致問題の解決を『ぜひ私の任期中に実現させたい』ということぐらいは言ってほしかった」

 早紀江さん「気概を示してほしい。誰が見てもこう思っていらっしゃるんだと分かるような。何を考えていらっしゃるか相変わらず分からないですよ」

 --めぐみさんに今、言葉をかけるとしたら

 早紀江さん「必ず助けてあげるという気持ちは変わらない。がまんしながら、希望だけは捨てないで、もう少し頑張ってください。必ずお互いが元気でいる間に会えるようにこっちも頑張っているので。そう言ってあげたい」
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