拉致被害者救出に向け戦い続ける横田さん夫妻(上) | trycomp2のブログ
「ヘギョンを今まで育ててくれた金英男さんに感謝」
「北朝鮮のウソが新たにわかりました。一日も早く韓国の家族の方や支援団体の方たちに会って、がんばろうと言うつもりです」。日本人拉致被害者の横田めぐみさんが北朝鮮で結婚した夫は拉致された韓国人・金英男(キム・ヨンナム)さんだったという事実が発表された日、めぐみさんの父・横田滋さん(74)、母・早紀江さん(70)は首相官邸の記者会見場にいた。
「めぐみが帰国できる可能性がさらに高まりました。最近は国際結婚も多くなったし、結婚相手は誰でも構いません。一日でも早くめぐみの元気な姿が見られればと思います」。娘は生きていると固く信じる早紀江さんは「金英男さんの家族も苦悩の人生を送られたと思います。その方たちに私たちも同じ立場だったと慰めてあげたい」と語った。前日の記者会見で「北朝鮮の金桂寛外務次官はどうして東京に来られたのだろう。本当にあつかましい」と抗議した時とは違い、明るい表情だった。
滋さんは「孫のヘギョンを今まで育ててくれた金英男さんに本当に感謝したい」と話す。
横田夫妻にとって、1977年11月15日に新潟で北朝鮮工作員に拉致されためぐみさんは、拉致当時13才の中学生姿のままだ。27年前のその日、午後6 時30分になっても中1の娘が学校から帰って来ないため、早紀江さんは迎えに行った。友達と別れた娘は家でわずか50mという地点で行方不明になった後だった。平凡なサラリーマン家庭を襲った、娘の失踪という不幸は苛酷だった。2004年末に記者が早紀江さんに会った際、娘が行方不明になってからの家族の話を聞いたことがある。
「私があと10分でも早く迎えに行っていたら・・・。思えば思うほど胸が張り裂けそうです。焼却場で焼け焦げた死体が発見されたり、海で変死体が見つかったりするたびに“娘かもしれない”と胸が詰まって警察署に走りました。夫と息子が出勤すれば家で泣き、夕食を準備しては泣き、新潟に雪が降れば窓の外を眺めて泣きました。家庭はバラバラになりました。1997年1月になって亡命した元北朝鮮工作員の安明進(アン・ミョンジン)氏から娘が北朝鮮で生きていると聞きました。それまで20年かかりました」。
安氏が話した娘の消息は凄惨だった。工作船の窮屈な空間に閉じこめられたまま連れて行かれ、爪で船の壁を引っ掻きながら「お母さん助けて!」と絶叫したという。船が北朝鮮に着いた時、手は血で染まっていた。18才の時、「朝鮮語を一生懸命に勉強すれば日本に帰れる」という約束がウソだとわかり、神経衰弱で2回も入院した。
東京=鄭権鉉(チョン・グォンヒョン)特派員
朝鮮日報
朝鮮日報 Chosunilbo (Japanese Edition)
