よど号グループ:赤木容疑者、合流時期の説明に矛盾 | trycomp2のブログ

よど号グループ:赤木容疑者、合流時期の説明に矛盾

 旅券法違反容疑で逮捕された赤木邦弥容疑者(52)が、日航機「よど号」乗っ取り事件(70年)グループと合流した時期について、政府や支援団体に矛盾する説明をしていたことが分かった。80年代前半に欧州でグループが起こしたとされる日本人拉致事件が相次ぎ、赤木容疑者が一時帰国した85~86年には、メンバーの妻らが日本で工作拠点作りをしていた疑いが浮上。警視庁公安部は、赤木容疑者のグループ内での役割把握のため、合流時期の特定を進めている。

 赤木容疑者は82年夏~85年後半、ウィーンに滞在し、85年末に日本に一時帰国。その後、再びウィーンに戻り、87年4月に北朝鮮に渡ったことが分かっている。

 赤木容疑者が、今回帰国するため今年5月に日本政府に提出した「顛末(てんまつ)書」には「86年ごろから北朝鮮にいるメンバーと文通を始め、妻と2人で北朝鮮に渡った」と記していた。ところが、最近支援団体に寄せたメッセージには「87年の渡航前によど号グループとの接触は一度もありません」と記している。

 顛末書でもメッセージでも妻である実行メンバーの赤木志郎容疑者(59)の妹(53)=03年に帰国=と知り合った時期は明確にしていない。妻は83年4月ごろ兄に会うため北朝鮮に初めて渡ってグループに合流、その後約1年は北朝鮮に滞在したとされる。

 赤木容疑者は、支援者らに対して「(妻とは)ウィーンで会った」とだけ説明している。

毎日新聞 2007年6月6日 15時00分

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