2児拉致の木下容疑者、ナンバー2で統括役…工作を指揮
埼玉県上福岡市(現ふじみ野市)の渡辺秀子さん(当時32歳)の2児が北朝鮮に拉致された事件で、工作員組織の拠点になっていた貿易会社の役員だった木下陽子容疑者(59)(国外移送目的拐取容疑で逮捕状)が、同社の設立当初から、事実上のナンバー2として配下の工作員の統括役を務めていたことがわかった。
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警視庁公安部では、同社の責任者だった渡辺さんの夫が消息を絶った後、“秘書役”の木下容疑者が、本国から指示を受ける立場になったとみており、北朝鮮に木下容疑者の身柄引き渡しを求めるため、26日、国際刑事警察機構(ICPO)を通じ国際手配した。拉致事件で国際手配された容疑者は、9人目(7事件)。
調べによると、事件の舞台になった品川区内の貿易会社「ユニバース・トレイディング」は1971年6月、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)で実権を持っていた第1副議長(当時)が設立し、自分の側近の渡辺さんの夫に運営を任せたとみられている。
木下容疑者が都内の有名私立大学を中退して同社で働き始めたのもこの直後で、当初から、同社に在籍している10人ほどの工作員の中で格上の存在として振る舞い、不在がちな渡辺さんの夫に代わって、工作活動を指揮していた。
当時、工作活動に携わっていた同社の元社員の一人は、警察当局の調べに、「渡辺さんの夫が日中、会社にいることはなく、夜になって会社や社員寮に姿を見せて指示を出していた。昼間は木下容疑者が社員たちに命令を出していた」などと供述。また、木下容疑者について「渡辺さんの夫の秘書のようだった」と証言する関係者もいるという。
その後、渡辺さんの夫が73年6月ごろに消息を絶つと、木下容疑者が工作員組織のリーダー格を務めていたが、同社が活動を停止した半年後の79年5月に香港に向けて出国。国内の知人には2002年ごろまで、金を無心する国際電話を何度もかけていた。
この際、振込先の口座の名義は、木下容疑者が日本人の元夫(60)と結婚して日本国籍を取得するまでの本名「洪寿恵(ホン・スヘ)」になっており、住所地は朝鮮労働党の幹部らが住んでいるとされる平壌市内の「万景台地区」だった。このため公安部は、木下容疑者が本国で厚遇を受けている可能性が高いとみている。
(2007年4月27日3時18分 読売新聞)
2児拉致の木下容疑者、ナンバー2で統括役…工作を指揮 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)