グローバルな国家犯罪で外貨を稼ぐ北朝鮮 | trycomp2のブログ
~犯罪を抑止しなければ、経済制裁は効かない~
北朝鮮には拉致・核の恫喝だけでは語れない側面がある
北朝鮮の国家犯罪といえば、日本人ならばまず拉致事件を連想するだろう。北朝鮮政府の工作員たちが罪もない日本人の若い男女を故国から暴力で連れ去り、 20年も30年もそのまま拘束するという行為は、残酷きわまりない国家犯罪である。拡散防止条約その他の国際合意を踏みにじり、核兵器を開発して、その放棄と引き換えに巨額の経済援助を要求するという北朝鮮当局の年来の「核の恫喝」も国家レベルでの犯罪といえよう。
だが北朝鮮にはもうひとつのカテゴリーの明白な国家犯罪がある。朝鮮民主主義人民共和国という特異な国家機構がその権力を直接に動員して、まさにグローバルな規模で展開している麻薬や偽造紙幣の製造と密売、サイの角や特殊ダイアモンドなど禁制品の捕獲と密売、外国犯罪組織と結んでのマネー・ローンダリング(資金洗浄)、そして大量破壊兵器関連の違法な取引などという不法行為である。
この北朝鮮の国家犯罪をアメリカ政府内部にあって、直接に追ってきた人物がこのほどワシントンでその犯罪の実態の全体像と具体部分を明らかにする機会があった。その報告は昨年11月だったが、当時は外交配慮などを理由に内容はオフレコ扱いされた。ところがその後の情勢の変化により、その要旨は公表してもよいということになった。そこで明らかにされた内容はアメリカ政府が把握した北朝鮮の国家犯罪の実情として、日本にとっても貴重な情報だといえる。その主要点をこのコラムで紹介したい。日本側としての北朝鮮に対する改めての現実的な対応の指針の一端となれば幸い、と願うからだ。日本の安全保障にも重大な影響を与える北朝鮮の国家犯罪なのである。
報告者はデービッド・アッシャー氏である。同氏は2001年のブッシュ政権の発足と同時に登用され、国務省東アジア太平洋局上級顧問兼北朝鮮作業班調整官というポストについた。氏の直接の上司は日本でもなじみの深かったジェームズ・ケリー国務次官補だった。ケリー氏がブッシュ政権を代表して北朝鮮の核兵器開発を防ぐための交渉の実務責任者として活動したことは広く知られている。この一連の交渉でケリー氏をいつも補佐していたのがアッシャー氏だった。
アッシャー氏はまだ30代なかばの気鋭の東アジア研究の専門家である。1980年代にコーネル大学を卒業し、日本の自民党国際局での研修などを経て、オックスフォード大学で日本の金融史研究で博士号取得という経歴が示すように、学問的には日本研究を専門としてきた。政治的には共和党保守の路線を明確に進み、90年代にはアメリカ議会の下院共和党政策スタッフ、国防総省直属機関の防衛分析研究所の顧問、民間の保守系政策研究機関「AEI」のアジア部長などを歴任した。そして第一期目のブッシュ政権ではもっぱら北朝鮮問題を担当し、核兵器交渉にかかわるかたわら、北朝鮮政府のこの種の国家犯罪の調査と追及にもあたったのだという。
アッシャー氏はブッシュ政権には二期目も残ったが、2005年7月にケリー氏とともに国務省を離れ、政府系のウッドローウィルソン国際学術研究センターの研究員となった。
さてそのアッシャー氏が報告した北朝鮮当局の犯罪の骨子を以下に紹介しよう。
朝鮮民主主義人民共和国の工作員、外交官、官僚、ビジネス要員らは過去30年あまり明らかに国家中枢からの命令に基づき、明確となっただけでも数百件の犯罪行為を働いてきたことは国際機関や各国政府の記録、さらに全世界のメディアの報道からも確認されてきた。北朝鮮が各国におくすべての大使館、領事館がその犯罪に関与してきたともいえる。その目的は平壌の「党中央」へ資金を供することである。これらの犯罪活動は単に各国の刑法だけでなく、外交官の活動を規定したジュネーブ条約にも当然、違反する。
対外的な犯罪行為による外貨収入は北朝鮮の輸出収入の40%をも占めるとみられる。北朝鮮は公式には対外収支は年間5億ドルの赤字、韓国と中国に対する累積の赤字が百億ドル、対外債務不履行が120億ドルだと推定される。国際市場からの外貨借り入れは公式にはまったくできない状態にあるが、なお国家破産をまぬがれ、しかも膨大な軍隊を保ち、核兵器の開発を進め、労働党や人民軍のエリートは平均以上の生活を続けている。その財政上の必要性をまかなうのがグローバルな規模での国家犯罪なのだといえる。
具体的な犯罪の内容についてアッシャー氏は次の5領域の状況を報告した。
[麻薬とくにヘロインとメタンフェタミンの生産と海外での流通]
北朝鮮の不法収入の主要源としての麻薬の密輸は長年、続いてきたが、中国がその最大の流通先であり、とくに吉林省での北朝鮮の麻薬の横行はものすごく、中国公安当局も2004年3月、ついに公式の警告を発するにいたった。第二の市場の日本では98年から2002年までに、少なくとも計6件の起訴ケースで明確に北朝鮮からと判定されたメタンフェタミン合計1500キロが押収された。この分量は同期間の日本での全押収分の35%にあたり、街頭での密売価格は 3億ドルとなる。北朝鮮は日本ではヤクザや蛇頭などの犯罪組織と結んで、麻薬の密売をしている。
ヘロインに関してもオーストラリア当局が捕捉した北朝鮮労働党関連の船が125キロのヘロインを積んでいたように、北朝鮮はなお国際的な密売を続けている。同船には労働党の書記の一人も乗っており、キャンベラに開かれたばかりの北朝鮮大使館とのきずなも明白となった。
[外国紙幣、とくにドル紙幣の偽造と、外国のタバコ、医薬品の偽造と販売]
アメリカ司法省が昨年、起訴したテロ組織の「アイルランド共和国軍」(IRA)幹部は北朝鮮製の偽造百ドル紙幣を大量に使っていた。その起訴状は「1989年ごろから北朝鮮製の偽造百ドル紙幣が世界的に出回ってきたが、その多くはきわめて質が高く、識別が難しいため『C14342』という番号のスーパーノート(超紙幣)と呼ばれて特別捜査の対象となってきた」として、起訴されたIRA幹部もその北朝鮮製スーパーノートを使っていたことを記している。アメリカ当局は北朝鮮国内でのその偽造作業と北朝鮮の政府職員が偽造紙幣の運搬、配達、密売にあたってきたことを確認している。
偽造外国タバコは北朝鮮の主要港からコンテナで公式の輸出製品として出荷される品目では最大量かつ最大利益の品目といえる。フィリップモリス、ロリランド、日本タバコなど諸外国の大手タバコ製造企業は自社製品が北朝鮮で偽造されている事実を確認している。40フィートのコンテナ一つ分の偽造タバコの製造にはおそらく7万ドルの経費がかかるだろうが、その末端価格は400万ドルとなる。
[禁制動物の捕獲と密輸]
1980年代に北朝鮮の外交官がアフリカ南部でサイの角を違法に捕獲し、輸出したという行為を理由にアフリカ諸国から追放された。この禁制品のサイの角はルサカ、アジスアベバ、南イエーメンを経由して中国の広州の北朝鮮領事館に運ばれた。そこからマカオや香港へと売りさばかれたように、北朝鮮当局は長年、この種の動物の高価な部位を捕獲し、密売することで利益をあげてきた。
象のキバの違法な捕獲と密売も90年代から続いており、その摘発の結果、少なくとも六人の北朝鮮外交官がアフリカ諸国から追放された。北朝鮮政府職員による象牙密売の摘発としては99年にはケニアで689キロ、ロシアで537キロ、98年にはフランスで576キロがそれぞれ押収された。アフリカでのダイアモンドの違法な取得や密輸にも北朝鮮外交官がかかわってきた。
[マネー・ローンダリングと犯罪組織とのつながり]
アメリカ政府は昨年、中国領マカオの銀行「バンコ・デルタ・アジア」(BDA)が長期間、北朝鮮の政府機関や関連企業との違法な資金の取引を続けてきたとして、「マネー・ローンダリングの主要懸念対象」に指定し、アメリカの金融機関との取引を禁止した。テロ防止の「愛国者法」に基づく措置だった。北朝鮮当局は猛烈に抗議したが、アメリカ側は「北朝鮮当局の偽装企業がもう10年以上もBDAの顧客として偽造紙幣の配布や偽造タバコの密輸、麻薬の国際的取引などを行い、BDAはその犯罪行為にともなう数百万ドルにのぼる資金の管理や送金を実行してきた」と断定している。この種の北朝鮮がらみのマネー・ローンダリングには複数の国家にまたがって活動する犯罪組織が関与している。
[武器の密輸と大量破壊兵器の取引]
北朝鮮は弾道ミサイルの製品や関連技術だけでなく、核兵器、化学兵器、生物兵器という大量破壊兵器も秘密に開発し、その一部や関連技術を他国に売って、外貨を稼いできた。この種の兵器の拡散は北朝鮮の二つの主要港から出荷されるコンテナで運ばれる場合が最も多い。これらコンテナは中国、韓国、日本などの港を経由して、さらに他の諸国に運ばれるが、中国ではなんの検査もなされず、韓国でもほとんど無検査に近い。日本では最近は検査により多くの努力がなされているものの、なお不十分で、この種の北朝鮮からの大量破壊兵器がアメリカ国内にまで搬入される可能性はなお残されている。この大量破壊兵器の拡散防止にはアメリカや日本が中心となる多国間の「拡散安全保障構想」(PSI)などの措置の強化が欠かせない。
[結論]
北朝鮮は現在の世界でも唯一の「犯罪行為で国家財政の中核を支えている国家」だといえる。その行動はあらゆる国際法に違反するだけでなく、国連憲章で主権国家に与えられる一般の保護措置をも不適切にしている。
北朝鮮の国家犯罪により資金の獲得は「金正日宮廷経済」を支え、国際社会での孤立や大量破壊兵器の開発、さらには国内での過酷な弾圧の継続を可能にしている。この国家犯罪が続く現状のまま続く限り、金正日政権にとって国際社会との協調への動機は少ない。国際社会は北朝鮮政府に対し、この種の国家犯罪を中止させるよう多角的な行動をとるべきである。
以上がアッシャー氏の報告の要旨だった。この報告はその後、アメリカの他の研究者やメディアにより広範に広められた。
日本でも拉致問題の解決を目指しての北朝鮮への経済制裁発動を求める動きが目立ってきた。だが北朝鮮に対し、経済面で真に効果的な打撃を与えるには、単に一般の経済制裁ではなく、この種の北側の国家犯罪の中枢を狙っての照準をしぼった対抗措置こそが求められるだろう。そんな手法を連想させる点にも、このアッシャー報告の日本にとっての効用があるのだといえよう。
古森義久(こもり・よしひさ)氏
[現職] 産経新聞ワシントン駐在編集特別委員・論説委員。国際問題評論家
杏林大学客員教授
[出身] 1941年、東京生まれ
[学歴] 1963年、慶應義塾大学経済学部卒業。ワシントン大学ジャーナリズム学科留学
[職歴] 1963年、毎日新聞入社。記者として静岡支局、東京本社社会部、外信部を経て72年から南ベトナムのサイゴン特派員。75年、サイゴン支局長。76年、ワシントン特派員。81年、米国カーネギー財団国際平和研究所上級研究員。83年、毎日新聞東京本社政治部編集委員。87年、同外信部副部長。同年に毎日新聞社を退社して産経新聞に入社、ロンドン支局長。89年、産経新聞ワシントン支局長。94年、同ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員。 98年9月から中国総局長、産経新聞の31年ぶりの北京支局再開の責任者となる。2001年から現職。2005年より杏林大学客員教授を兼務。
[受賞など] 76年、ボーン国際記者賞(ベトナム戦争終結時のサイゴン陥落報道で) 78年、講談社ノンフィクション賞(著書『ベトナム報道1300日』で) 82年、日本新聞協会賞(ライシャワー核持ち込み発言報道で) 93年、日本記者クラブ賞(日米関係報道などで) 95年、日本雑誌ジャーナリズム賞(中央公論連載『大学病院で母はなぜ死んだか』で) 90年から98年、米国ウッドロー・ウィルソン・フェロー
[著書] 上記の他に『核は持ち込まれたか』(文藝春秋)、『日本はなぜ非難されるのか』(集英社)、『アメリカの嘘と真実』(光文社)、『国際報道の読み方』(ネスコ)、『遥かなニッポン』(毎日新聞社)、『嵐に書く』(同)、『USA報告』(講談社)、『ワシントン情報ファイル』(新潮社)、『情報戦略なき国家』(PHP研究所)、『ヨーロッパの戦略思考』(同) 『日米異変』(文藝春秋) 『倫敦クーリエ』(同) 『世界は変わる』(同)、『透視される日本』(同)、『日中再考』(扶桑社)、『北京報道700日』(PHP研究所)、『日中友好のまぼろし』(小学館)、『亡国の日本大使館』(同)、『国の壊れる音を聴け』(恒文社21)、『ODA再考』(PHP研究所)、『国連幻想』(扶桑社)、『外交破壊』(小学館)、『中国「反日」の虚妄』(PHP研究所)。
[その他] 文藝春秋、中央公論、SAPIO、諸君!、ニューヨーク・タイムズ、ウォールストリート・ジャーナル、インディペンデントなどの誌紙に論文寄稿多数。フジテレビ、TBS、ニッポン放送、文化放送、CNN、FOX、PBSなどのテレビ、ラジオにコメンテーターとして出演。
国家安全保障を考える(第15回)[古森義久氏]/SAFETY JAPAN [コラム]/日経BP社
