「私生活を政治問題にするな」金英男さん一問一答 | trycomp2のブログ
金英男さんは記者会見で「遺骨がにせ物という日本政府の主張は夫である私と(最初の妻である)めぐみに対する侮辱であり、堪えがたい人権じゅうりん」と主張した。
それとともに「私の私生活が政治化、国際問題化になることを願わない」と述べた。
次は一問一答。
(*は読者の理解を助けるための説明)
--北朝鮮でこれまでどうやって暮らして来たか。
「北に入って来てから党の懐に抱かれて本当に幸せに暮らして来た。大学も出て今は重要な職責で仕事もしている。ウンギョン(*横田めぐみさんとの間に生まれた娘)は金日成(キム・イルソン)総合大学で勉強しており、チョルボン(*息子)は小学校に通っている。妻(*現在の妻、パク・チュンファ)は党の学校で勉強している。妻の父親は平壌(ピョンヤン)市の人民委副委員長として事業をしている。それなりにいい暮らしをている。
--今している仕事は具体的に何か。
「特殊部門で働いている。統一部門関連事業をしている」
(*英男さんは対南工作機関である労動党対外情報操作部で勤務していると伝わっている。)
--めぐみさんとはどうやって会ったか。
「仕事上特殊部署でめぐみに会った。日本語を学んだ。仕事上必要だったからだ。1986年の初めだった。日本語を習いながら、若かったから異性として近くなった感じがし、結婚することになった」
--めぐみさんが自殺したという主張は正しいのか。
「94年4月13日、病院で自殺した。妻として、母として家庭生活できないほどになり、専門病院に送ったが治療がうまくいかず…。結婚前から病的な現象があったことはわかっている。(*ウンギョン)出産後、さらに悪くなりうつ病のあらゆる治療をつくしたが、結局死んでしまった。具体的な内容や方法は申し上げないが、結局病院に行って自殺してしまうことになった」
--日本側に渡した遺骨は。
「(日本の)懇切な依頼により遺骨も渡した。当時、日本側団長は遺骨を受けとり、めぐみの親に責任をもって渡し、公表はしないという自筆の確認書も残した。それにもかかわらず遺骨をあちこちに配ってにせ物だというみにくく幼稚な主張をし始めた。めぐみについての問題はこれが全部。日本政府が私の話を信じず、何かと私をいじめている。2004年、11月に平壌(ピョンヤン)を訪問した日本政府関係者に会って具体的に(死亡経緯を)説明した」
--日本ではウンギョンさんの日本行きを要求するが。
「ウンギョンはめぐみの娘であると同時に私の娘だ。日本当局が扱う事態を見る場合、送りたい気もないし、私も行かないと言っている。私と私の家庭の問題が不順な政治目的に利用されてしまうことを阻んでほしい。一部が(私の問題を)政治化、国際問題化して北朝鮮に反対するのに利用しようとしている」
金剛山共同取材団
パク・スンヒ記者 /blockquote>Japanese JoongAngIlbo

