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菊練り

ブログを訪問の皆様、今年もお付き合いありがとうございました。

泣いたり笑ったりの1年があと数時間で過ぎようとしています。

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今年も恒例となったそば打ちをしました。

言い訳ではないのですが、年に1度しか打ちませんからさっぱり上達しませんね。

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この延ばしなど、本来は長方形にしなくちゃならないのですが、円くなっちゃいます。

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それに、いつも言ってるんですがうどんのような太さにしか切れないんですよ。

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でも2.7キロのそば、明るいうちに打ち終えましたから、少しはうまくなったんでしょうね。

味?

それが問題です。今日は7時ごろ食べるって言ってますから、審判はその時下ります。

文字通り、今年「最後の審判」ですね~。

一日置きを目安としている早朝ジョギング、昨日(12月30日)、今年の分を走り終えた。

手帳を見ると120日稼動だったから、1年の内、3分の1は走っていたことになる。

イメージとしては、地球何分の1周を走ったのかなあって感じなのだが、走る距離は大体8キロで時には10キロだから、総距離は1000キロということになる。

仙台の高校から甲子園を目指した友達に、1000キロだから、関門海峡を渡ったかどうかだなあと言ったら、甲子園までの距離だよと言われた。

1000キロ・・・果たして長かったのか、短かかったのか?

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2013.12.28 涌谷城~宮城県涌谷町

夜半から降り出した雪が朝には10cmほど積もったので、仕事のついでに涌谷城の雪景色を撮ってきました。

このお城、正式には幕府の一国一城の政策で要害ということなのですが、地元では涌谷のお城、お城山と呼んでいます。伊達騒動で、原田甲斐に斬られた伊達安芸宗重の居城です。

三代綱宗は不行跡を理由に若くして隠居させられます。そのため2才の亀千代が伊達家を継ぎました。幕府は二人の後見人をつけます。

今となっては真相はわかりませんが、涌谷の殿様伊達安芸はこの後見人と旗本原田甲斐の悪政を幕府に訴え出ます。

その詮議が行われた大老酒井雅楽頭(うたのかみ)の屋敷で事件は起こります。

詮議の休憩中原田甲斐は伊達安芸を斬殺、甲斐もその場で討たれます。一体何があったのでしょうか?詮議の席、しかも大老の屋敷で刃傷沙汰であれば死罪は免れません。

事実、九族、つまり九代前にさかのぼって系統の男子は全員死罪となったそうです。他家を継いでいた子息から当才の孫までと言いますから、封建時代とはいえ残酷ですね。

この下を流れる江合川堰堤とお城山は桜の名所です。時にはそんなことに想いを馳せるのも、その時亡くなった方々への供養かもしれませんね。