織部焼(完結?編) とり合えず完成 捲土重来(けんどちょうらい)を宣言していた、織部焼、最後の1枚が完成しました。 土の板が火をくぐりこんなふうになるんですね。 20数年振りのやきもの作り。やきものっていいですね。 あの時はこの大きさくらいしか出来なかったから、今度はろくろの練習してもう少し大きな植木鉢作ろうかな?
雁白同舟(がんぱくどうしゅう)? 雁白同舟 宮城県内陸部は時ならぬ5cmほどの積雪。 いつもの定点観測地の渡り鳥たちも、今日は呉越同舟、日がな一日過ごすのでしょう。 今夜は宮城県中部もところによっては、氷点下7℃まで冷え込むとか。 こんな夜は今日の雁と白鳥のように寄り添い、あったかな鍋でも囲んで過ごしましょうか。
オレ俺のうた(22) 「父上様、母上様、三日とろろ美味しゅうございました。」~円谷幸吉一昨日は、東京オリンピック銅メダリスト、円谷幸吉氏の命日だった。 氏は次のメキシコオリンピックの年が明けた1月8日、自衛隊体育学校の宿舎で自らの命を絶った。 遺書は「父上様、母上様、三日とろろ美味しゅうございました。」から始まり、敏雄兄、姉上様、おすし美味しゅうございました・・・・・・・」と、男6人、女1人の末っ子だった幸吉の、父母、兄弟へのお礼から始まる。 お正月の休みに帰った実家で父母が作り、兄弟が持ち寄った食べ物だったのだろうか、その後には甥、姪に立派な人になって下さいと続く。 最後は、「・・・・・父上様、母上様、幸吉はもう疲れ切って走れません。何卒(なにとぞ)お許し下さい。気が休まる事もなく、ご苦労、ご心配をお掛け致し、申し訳ありません。幸吉は父、母上様の側で暮らしとうございました」で終わる。 自殺を賛美するわけではないが、なんと悲しく美しい言葉の数々だろう。 ・・・・私ごとだが、8月末から始めたジョギングがまだ続いている。日に6~7キロで週4~5回だから、病み付きと言っていいかもしれない。慣れてくると、時折息苦しくなくなる時の爽快感、走れない日の「食っちゃ寝罪悪感」、これは走ってる人にしかわからない感情かもしれない。 幸吉はその前年アキレス腱を断裂し、ヘルニアの手術も受けた。 当時自殺の理由の世間の見方は、自衛隊に所属していたこともあって、国家や国民に対しての責任感からだというのが大半だったようだ。でも素人ランナーのボクは、自分の体が思うとおりに動かない辛さだったような気がする。 もちろん今度は銀、或いは金メダルを取ってみんなに喜んでもらいたいのは当然だが、ボクの乏しいジョギング経験から言うと、体のことを考えずにまた自由に、爽快に駆け回りたい、最後はたったそれだけが彼の願いだったような気がしている。 ※参考図書 ㈱講談社 長岡民男著 「もう走れません」