2014.11.07 気仙沼本吉
気仙沼に行く道すがら、車窓から見える海があまりにもきれいでしたから、わき道にそれて海が見える高台の道に入ってみました。
べた凪(なぎ)っていうんでしょうか、ゆったりと重い海水、はるかに見える水平線が印象的でした。
戻ろうと細い道を前に進むと、「風越の七里(一里)塚の説明看板がありました。
なんとそこは、仙台から涌谷を経て気仙沼に至る西郡街道と気仙沼から釜石に至る気仙道のつながるところ、鎌倉時代からとも言われる旧街道だったのです。
往時の旅人も通った道、ボクのブログにも登場する「女川口説(おながわくどき)」のお節と喜右衛門が逃避行と、その後釜石で捕まり詮議のために仙台へ向かう道でした。
街道にはなぜか心が惹かれます。
安波山(あんばさん)より 2014.11.18
気仙沼へは、所属する団体が集めた寄付金を、親はいるのだけれども、虐待やその他の諸事情で親元で生活できない2歳から18歳までの子供たちを育てる養護施設に贈呈するために行ったのですが、そういう環境で懸命に生きる子供たちや職員さんのお話が聞けてよかったですね。
鹿折(ししおり)地区方面
市街地方面
気仙沼出身の役員の方から、市民のハイキングコース、憩いの山、安波山(あんばさん)に案内してもらいました。
気仙沼の人口は今も減り続けているそうです。
津波のあと、火災が発生し燃え続けた鹿折(ししおり)地区や、津波が押し寄せた港そして市街地。
復興景気とか言われますが、一見整地はされていても建物はなく土台と盛り土というところが、今の気仙沼を物語っているのでしょうね。