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月山山頂(4月)


「雲の峰いくつ崩れて月の山」  松尾芭蕉

ある時、西の方に車を走らせていたら、山の形をした雲を見つけた。

車を停めて写真を撮ろうとしたら、形が崩れて山と言うより元の雲に戻っていた。

ふとその時、松尾芭蕉が身も凍え息も絶え絶え登った月山の句を思い出した。

帰ってから調べると、この俳句、多くは「月が出てくる頃には雲も切れて、月明かりに月山が照らされている」と言うふうに解説されていた。

果たしてそうなのだろうか?

この句は下山後、羽黒山の阿闍梨の求めに応じて「涼しさやほの三日月の羽黒山」などとと共に作られたものだから、参拝下山の後と決め付けているのではないだろうか?また「月の山」という表現も、月光に照らされる山と読む要因の一つなのだろう。


これは、「いったい幾つの雲の峰をかきわけてこの月山山頂にたどり着いたのだろうか」と理解することはできないのだろうか?いささか大胆だが、「月の山」とは単純に月山を5文字にするためのものだと。それに、月の山、つきの山・・・着きの山なんて駄洒落、掛け言葉を使ったなどと解釈するのも面白い。

視界をさえぎる嶺のような雲をいくつもいくつも越えてようやく前が展けたら、そこは山頂だったというような。

弥陀ヶ原からのコース途中には、オモワシ山とか言う思わせ振りのニセピークもあることだし。

それはそうと芭蕉さん、その日は山頂に泊まり、翌日湯殿山に下りて参拝し、また登り返して羽黒山に戻ったそう。

スゴいですね~。

それだから、芭蕉伊賀忍者説なんかが出てくるのかなあ。