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堤焼と正月生け

今年も家内が、玄関の堤焼に正月の花木を生けました。

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口つき瓶(かめ)

江戸時代、仙台藩に二つの藩窯と呼ばれる窯がありました。一つは加美町宮崎の磁器窯、切込焼(きりごめやき)。もう一つは仙台堤町の陶器窯、堤焼です。


どちらも正確に言うと藩営ではなく御用達(ごようたし)窯ということなのですが・・・・。

10数年ほど前になるでしょうか、でっぷりと太った堤焼の瓶(かめ)に惚れ込んで買ってきたのですが、しまっておくにはもったいない、さりとておくところも難しいということで置いたのがこの玄関の上がり口。

こう見えても慎重ですから、階段の柱に結わえ付けて鎮座させたお陰で、数度の地震にも耐えてきました。

例によって古物嫌いの家内は、数年ほどは冷ややかな目で見ていたのですが、いつしか正月に花を生けるようになっていました。

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仙台の城下町の北、堤(つつみ)町は、付近の台原(だいのはら)で取れる粘土が良質なことから、江戸時代になって陶器、土人形の生産地となって戦後間もなくまで堤焼の町として栄えました。

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恵比寿大黒

瓶、水滴、花瓶、皿、鉢、火鉢、杓立て、片口、ほうろく等など様々なものが焼かれ明治から戦前にかけて最盛期を向かえました。ですから、ここにある瓶を見た宮城の人は、いつかどこかで見たような気がしているかもしれません。

でも今、堤焼を名乗る家はただ一軒、それも泉区に移転してしまいました。

この鈍重なやきものは、最後には土管なども作って時代に抗ったようですが忙しい現代にはついていけなかったようです。

「なまこ」と呼ばれる白の釉薬は時には窯変(ようへん)し、青黒く光り精彩を放ちます。

時代が変わっても、たまにはこんな美しさに目を止めてゆく心は持ち続けたいものですね。