宮城県美里町2011.05.07
津波に見舞われた三陸の町は、敗戦後の焼け野原に似ていると言う。
中古自動車販売業を営む知り合いの話だが、塩水に浸かった自動車のスクラップの山を見て、「宝の山」とつぶやく人たちがいるのだと言う。
真偽のほどはわからないが、建築制限のかかった町ではもう地上げ屋が暗躍していて、被災地周辺のスーパーは震災以前より売り上げを伸ばしているという。
あの敗戦後、人々は闇市から立ち上がった。そしてその子供たちは企業戦士となりモーレツに働いて、今の日本を創った。
今その孫たちが、その真価を問われている。
「我慢強い、ねばり強い」と、ほめられてるのか、けなされているのかわからない東北の若者たち。
さ~て「宝の山」を前にして、どうしようか?
