涌谷のさくら 2011.03.11 宮城県遠田郡涌谷町
一昨日震度5弱の地震に見舞われた宮城県。昨夜はにわかの積雪に襲われました。
気持ち悪くてムカムカしていたら、今度は下の方がゲリピーになったような、「なにすんの~」って感じですね。
この10cmほどの雪、もしかしたら、宮城県の平野部では今冬最大積雪かもしれません。
仕事の途中、車を走らせていると、木に積もった雪景色があまりにもきれいだったので、桜の名所涌谷城(要害)下の桜並木に、桜の木に咲いた雪を見に足をのばしました。
あと一ヶ月ちょっとすると、この江合川の河川敷から城山にかけて桜が満開になり、花見客で大賑わいとなります。
隣町で育ったボクも、子供の頃、電車、いやディーゼルカーに乗って二駅目のこの城下町に、お花見にやってきました。この河川敷からお城の方を見ていたら、サーカスや、〇おんなのようなものを見た遠い記憶がよみがえって来ました。
このお城(正確に言うと要害)は寛文事件、いわゆる伊達騒動で「原田甲斐」に切り殺された伊達安芸(だてあき)宗重の居城。
それまでの定説では原田甲斐は逆臣、伊達安芸は忠臣とされていましたが、山本周五郎はその著「樅(もみ)の木は残った」で、甲斐は、逆臣側についたと見せかけて、実は仙台藩の行く末をもっとも思っていた忠臣に描きました。
人の評価って、生きているうちも分かれますよね!?ましてや死んだ後、それも今から350年も前のこと。真相は永遠の謎になるんでしょうね。
そういえば今日の雪、午後には跡形も無く融けてしまいました。甲斐さんも安芸さんも、この文章読んで苦笑いしているかもしれませんね。


