2011年、1月、カタールで行われたFIFAアジアカップ決勝は、延長戦の後半「李忠成(りただなり)」の劇的なボレーシュートが決まり、日本が優勝した。

李と言えば、本来韓国姓。このことにより彼が韓国籍から帰化した日本人だとわかる。

彼は国籍を取得する時、日本的な名字を選択せず、敢えてこの「李」と言う韓国的な名字を残したと言う。

サッカーの日本代表には、過去にも、トゥリオやラモスなど日本の国籍を取得してオールジャパンのユニホームを着た選手はいた。

ソフトバンクの孫正義社長が日本に帰化する時、「孫」と言う姓を残したいと法務省にかけあったが、当時は帰化の際、日本人にない姓は使えなかったという。

どうしても「孫」姓での帰化を望み、一計を案じた氏は、裁判所に日本人である奥さんに、先ず「孫」姓を名乗ることを申し立てて認めさせ、その後にその例を持ち出し、「孫」と言う姓で帰化に成功したという。

当時の日本政府が、日本人には無い姓を、使わせたくなかった考えもわからないでもない。姓も、言ってみれば、日本民族が長い間培い、育んできたものだからだ。

でも、今だから言えるのかもしれないが、やはりソフトバンクの社長には「孫正義」の姓が似つかわしい。

アイデンティティーを辞書で引くと、同一性、独自性とある。「民族のアイデンティティー」と言うのはその民族が持っている固有のものということになるのだろう。

例えば「日本人らしさ」の奥床しさ、礼儀正しさ、潔(いさぎよ)さなども民族のアイデンティティーと言える。

最近良く出てくるのに「TPP」という言葉がある。環太平洋戦略的経済連携協定と言って、加盟国は関税を例外なく撤廃することが目的とする、諸国間の集まりらしい。

例によって、やけくその菅内閣が思いつきで加盟を言い出したとか何とかは別にして、よく考えてみると、いつかは諸外国間の物価の差はなくなっていくのは当然のなりゆきなのだろう。

では民族のアイデンティティーはどうなのだろうか?

それもやがては、国家間や民族間の垣根は取り払われ、民族の固有の伝統や文化は失われ、人類が画一化に向かって進んでいくことだろう。

ボクは、自らの民族の優位性をうたう、偏狭なナショナリズムは持ち合わせていないが、民族の持つ良き風習、伝統、考え方などはいつまでも持ち続けていたいものだと思っている。

李忠成選手や、孫正義社長が自らの出自を示す姓を残したように。