「好きだからつよくぶつけた雪合戦」

96年に亡くなった渥美清さんが俳句を作っていたのは、知る人ぞ知ることだったらしい。

俳号は風天(ふうてん)、「分け入っても分け入っても青い山」の山頭火(さんとうか)のような、五七五にとらわれない自由律の俳句を作っていた。

「おふくろ見にきてるビリになりたくない白い靴」

少年時代は貧しかったという。自身の少年時代のことだろうか、ふと通りかかった運動会に、少年の日々がよみがえったのだろう。誰にでも思い出のある幼い日の出来事だ。

「コスモスひょろりふたおやもういない」

秋、まばらに生えて風に揺れるコスモスの姿に両親を見たのだろうか?

「好きだからつよくぶつけた雪合戦」

現代の子供は、この気持ちわかるのだろうか?好きだけど、それが言えず、反対にいじめてしまう。友達にも心のうちを知られたくないという気持ち。

「貸しぶとん運ぶ踊子悲しい」「ゆうべの台風どこに居たちょうちょ」「赤とんぼじっとしたまま明日どうする」

極貧の少年時代を経て、浅草ストリップの司会、幕あいの芸。弱きものを見つめる目はあくまで優しい。

「冬めいてションベンの湯気ほっかりと」「そばあっけなく食って扇風機」「股ぐらに巻き込む布団眠れぬ夜」

やっぱり寅さんです。おもろうてやがて悲しきの世界、演技は演技では出来ずですね。

「うつり香の浴衣まるめてそのままに」「団扇(うちわ)にてかるく袖打つ仲となり」

やっぱし艶っぽい句もありました。男は色っぽくなくちゃいけません。

「朝寝して寝返りうてば昼寝かな」

渥美さんは若い頃肺結核を患い、片方の肺を切除したとか。撮影の合間には体を横たえて、次にそなえていたそうです。

「陽炎(かげろう)の向こうバスのゆれていき」

陽炎の向こうに遠ざかっていくバス。その景色に何を見たのでしょうか?翌96年、68歳で亡くなりました。ご冥福をお祈りいたします。

※参考 本阿弥書店 渥美清句集 「赤とんぼ」