「あどけない話」      

智恵子は東京に空がないと言ふ、

ほんとの空が見たいと言ふ。

私は驚いて空を見る。

・・・・・・・・中略

智恵子は遠くを見ながら言ふ。

阿多多羅山の上に

毎日出てゐる青い空が

智恵子のほんとの空だといふ。

あどけない空の話である。

・・・・宮城に住んでいる。山好きだから、安達太良山は何度も登った。曇っていて霧が深くて、列島の背骨だから遮るものがなくて風が強い。そんな印象。

安達太良山の見える福島県長沼町で生まれた智恵子はやがて心を患う。

寺山修司は(さかさま文学史)「黒髪編」で、智恵子の言葉を聞き、驚いて空を見、やがて「あどけない話」と片付ける光太郎が彼女を狂わせたと説く。

智恵子は芸術家の妻でなく、普通の家庭を持ちたかった。しかし光太郎は、浜辺で千鳥と無邪気に遊ぶ智恵子すらも、芸術家の冷静な目で見る。

寺山は、智恵子が「空の話」をしているのではなく、「二人の愛の話」をしていたのだ。と言う。

・・・・・私たちは、彼が言うように他人を愛していてるつもりが、愛しているのは自分だったり、自分が誰よりも、家族、あるいは友人や恋人を愛してると錯覚してはいないだろうか?

国を憂えた政治家が、いつしか自分の当落だけを憂うようになったように、

いつしか、愛してるのは「自分の立場だけ」にはなっていないだろうか?

今一度、愛する人に出会った原点を見つめ直そうと思っている。