判官館(はんがんたて)が取り持つ縁で手にした「民話の平泉」

おばあさんの亡き夫H氏は、その題名を「平泉の民話」でなくて「民話の平泉」としました。

そうです!平泉そのものが民話なのでした。

では、ボクの脳裏に鮮やかに映った取材風景を紹介したいと思います。

・・・・・コガ子婆さんは「昔話は昼するもんでないが」と言いながら、私を囲炉裏ばたへ招じいれました。

「さあて、なにを話すべ」「小栗判官てるての姫ええんだ」孫娘が助け舟を出しました。

だんだんお婆さんの話に熱が入ってきます。

話につかえると、孫たちがすじを助けます。

話が終わると、「こんどは、米の中の千両」と孫たちが言いました。

話のあいだ中、孫たちは私の顔をうかがい、おかしいところで私が笑うと、「やっぱりそこがおかしいんだ」と満足した顔をします。

そのうちに天気が怪しくなってきて「おばあさん、すけ(助)て!」と声がします。

「ほうら、昔話は昼するものでないって・・・まだ来てな、思い出しておくから」と言いながら、お婆さんは葉煙草を納屋へ入れる作業にむかいます。

・・・・昭和40年の暑い夏の盛りの頃だったそうです。昔話を熱く語るお婆さんの姿、それをいつも聞いて育った子供たち。取材に来たH氏の一挙手一投足を見逃そうとしない素直な子供たち。

そこには紛れも無い日本の原風景がありました。