「仏には桜の花をたてまつれ わが後の世を人とぶらはば」  西行法師 73歳辞世のうた。

大意は、私が死んだあと、もし心あるならば、桜のはなを手向けて欲しい。でしょうか?

「仏には」という出だしから見ると、自分だけではなく、仏、つまり死者を弔うのには、桜の花が似つかわしいと言っているともとれます。

秋川雅史さんは「千の風になって」で、音譜お墓に私はいません。風になって吹き渡っています。と歌いました。

ひと頃へそ曲がりの私は音譜「私のお墓の前で 大泣きして下さい そうでないと私は悔しくてなりません」と替え歌を作って一人で歌っていました。

大ヒットし絶賛された歌ですけれど、ほんとにお墓の前で「ここにはいません、悲しまないでください」とサバサバされても、いいんですかー?

ボク的には、おお泣きは期待しませんが、ちょっぴりは悲しんで欲しいような気もしますよねあせる