「ねがはくは花のしたにて春死なんそのきさらぎの望月の頃」
西行法師
(願わくは 花の下にて 春死なん その如月の望月の頃)
大意は、出来れば桜の花が満開の頃、それも十五夜の月明かりに、その花の下で死にたいな。だろうか?
寒さが続いているのに桜の花の話題で恐縮です。
昨日深夜帰宅途中、月を見た。
上弦の月と言うらしいが、月の上にかかる弓の弦が「ぷくん」と膨らんでいるように見えた。
ちょうど、焼き餅が膨らんできたときのように見えて、あっ、だから満月のことを「望月」と言うのかと思った。
結局、語源は、餅月ではなく、満(みち)月がもちづきになったらしいのだが・・・・・。
それにしても西行さん、頼朝さんの時代、「桜花爛漫の頃、桜の花の下で死にたい」とはよく言ったもんだ。
野球ネタで言えば、低いセンターライナーをジャンピングキャッチでおでこに当てた新庄さん。
クロマティーに「素振りの鏡の前で自分の姿にうっとりする」と言わしめた原辰徳さんのような、すんげぇナルシストですね。
ある時、知り合いの学識経験者に、「ナルシスト・・・・」とは言わなかったが、西行さんて「格好つけ」ですね?って言ったら、「純粋な心の表現を、そんなふうに言う風潮、私は嫌いだ」と言われた。
チョッピリ反省しています。