「全(まった)けき 鳥海山はかくのごと からくれなゐの夕ばえのなか」
斉藤茂吉
大意は鳥海山は完璧だ。あかね色の夕陽に染まり、そびえたっている。だろうか。
鳥海山に初めて出会ったのは、19歳の夏休みだった。
単身で頑張っている父の仕事を手伝うため、仙台経由で羽越線の遊佐駅を降り立った時だった。
見上げると、鳥海山が圧倒的な迫力でそびえ立ち、日本海にその長い裾野を延ばしていた。
茂吉はこんな鳥海の姿を見て、「全けき」と詠んだのだろう。
この歌を読んで以来、ボクはずうーっと夕陽に照らされる「からくれなゐ」の鳥海山を見たかった。
月日は流れ、ゴールデンウイークの頃に5年ほど通って、ようやく一昨年、夕映えに染まる姿を見ることが出来た。茜色の鳥海山はやはり素晴らしかった。
5年のうち最初の年は、スキーヤー達と一緒に5時間ほどかけて子供用のソリを担いで登った。カメ仙人と一人悦に入っていたが、帰ってから子供に聞いたらカメ仙人はエロジジイだと言う。
一行は頂上の外輪から滑り始めた。ボーゲンがやっとの人もいた。
オレも滑りたい!
翌年から欠かさずその頃鳥海山に行く。
頂上を間近にした舎利坂で強風とアイスバーンで敗退した年もある。
運良く外輪山は二度ほど越えた。新山と呼ばれる山頂がある内輪へは、突き上げる風と垂直な斜面のため、アイゼンを着けて、慎重に降りなくてはならない。
降りると千蛇谷と呼ばれる長い斜面が北側に延びている。
千蛇谷に魅了されたボクは、いつしか、この谷で滑るためにテレマークと呼ばれる山スキーをしていると広言するようになった。
夏 千蛇谷より外輪をのぞむ鳥海山は茂吉だけではなく、ぼくにとっても「全けき」山になってしまった。
2008.4.30 祓川小屋から鳥海山を望む



